City holic【Juri.T】

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「ご注文が決まりましたらそちらの呼び出しボタンを押してください」


それではごゆっくり、ってなるべく視線がそちらに向かないようにしてやり過ごす。

松村さんはまだ？
雨樋は直らないの？
私は早く帰りたい。この場から去りたい。

隙を見て裏口のドアを開けると、雨樋のヒビを修復してる松村さんと目が合った。


「松村さん、それあとどのくらいで終わります？」

「あと30分以内には終わると思うけど……そんなにお客様いらっしゃるの？俺戻った方がい？」

「2組しかいらっしゃらないんですけど……その、元カレが、いて」

「戻るよ」


即答されるとは思わなくて急に罪悪感が湧き出てくる。

だってこれは仕事。
私情を持ち込んだらダメなんだ。

でも、松村さんの優しさに甘えてしまう。
ごめんなさい、と口先から溢れるくせにきっと次同じことが起きても、甘えるんだろう。


「……どこかで埋め合わせします」



松村さんは、いいよそんなの。と微笑みでかわした。
納得のいかない私を見て、じゃあコーヒー一杯奢ってもらおうかなって少し明るい声で言う。

これは気遣いだ。私が気にしないための。

もう一度お礼を言おうとした時には、松村さんは既にホールに戻っていた。

……なんてスマートな。
１つしか年が変わらないとは思えない。



「……。」



吹っ切れたと思ったんだけどな。
顔を見てしまえば、鍵をかけて心の底に沈めていた感情がドロリと溢れてくる。

恋。愛。依存。執着。未練。
どれに当てはまるのか分からないけど、それがとてつもなく厄介な気持ちだってことは誰にでも分かる。

申し訳なさに駆られて、従業員室を丁寧に掃除してから店長に声をかけた。


「すみません、予定があるので抜けますね」

「あぁ、急に入ってくれてありがとう。気を付けて帰ってね」


今、私がついた嘘は人生の中でつく数多の嘘の1つに過ぎない。
だけど、どうしようもなく後ろめたさを感じるのは、鍵をかけた箱から溢れた感情が凄い速さで私を浸食しているからだ。

Ahahaって思わずアルファベット表記にしたくなるようなジェシー君の笑い声が狭い店内に響く。
ジェシー君は、太陽みたいな人だ。

3人の楽しそうな会話は私から見ても微笑ましい。


「何で今日アイツいたんだよ」


だから、“アイツ”が誰を指すかなんて分かりきっている樹のそんな言葉は、きっと私の聞き間違いなんだ。


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