感情制限 ページ14
「…嘘つき」
私は岩泉に聞こえるか聞こえないかくらいに、小さな掠れた声でそう呟いた。
「××ちゃんには、優しくしてたくせに」
その声は、はっきり聞こえるように口にした。
その名前を出しては、彼女に向けた岩泉の優しそうに笑いかけていた顔を思い出す。
××ちゃんっていうのは、及川と前に付き合っていた子のこと。
媚びを売ろうと必死な私と違って、素で可愛らしい女の子。
でも彼女も俗に言う‛及川のファン’の一人だった。その中でも及川に自分の気持ちを伝えることができた、数少ない勇気ある行動をとることができた女の子。
私が、岩泉の言う及川のことで騒いだり群がる女なのだとしたら、彼女はどうなのだろう。
及川のファンだった××ちゃんと私って、一体何が違うのだろう。
彼女になれたか、そうじゃないか。その違いだろうか。
「私のことが嫌いなら、はっきりそう言えばいいじゃない」
街灯と月明かりしかない広いこの場所で、私の声がよく通る。
「あ?」
低い声を出した岩泉が、体を私に向ける。
その表情は、不愉快そうな、でも腹立たしさの中から笑みがはみ出ているような。
「じゃあ聞くけどよ」
ジリ、と岩泉が私に一歩近づく。
「その自覚があんのに、なんでお前は及川から離れねえんだよ」
威圧的なオーラに、私は思わず身構える。
一瞬、ほんの一瞬。頭が真っ白になった。
怖い、その二文字が脳裏に浮かぶ。
でも今目の前にいるのは、中学から知っている岩泉で。
関係が悪くなろうが。それでも及川を見てきた分だけ、一緒にいた岩泉のことも見てきたわけで。
「泣くくらい俺が嫌なら、及川なんてやめてどっか行けよ」
冷たい岩泉の言葉が、胸に刺さる。
私は、岩泉のことが嫌なのだろうか。でも生憎そういう感情を持ったことは、一度もない。
複数の感情が入り混じって、私の目に浮かんだ涙を拭う岩泉の指からは、その言動とは裏腹に優しさを感じた。
怖いと思うのに、岩泉の優しさに触れられた気がして、少し、嬉しいとも思ってしまう。
そんなちぐはぐな感情が生まれる。
岩泉に優しくされたところで、及川の一番になりたいという、その本質は変わらない。
怖い。嬉しい。そして、悔しい。
それらの感情がぐちゃぐちゃになって、自分でも何が何だかわからないくらいにかき乱される。
私は岩泉の指を軽く手で払って、顔を逸らした。
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いおり - 道徳の教科書に載ればいいのにぃ!!泣くことしか出来ませんが…凄く素敵な作品で本当に号泣しました!!1日で全部読ませて頂きましたがここまで素晴らしい小説は今までで一番だと思います!! (2020年12月9日 15時) (レス) id: 5e524467c0 (このIDを非表示/違反報告)
雅 - 本編は全て夢主目線なのに他の登場人物の感情も伝わってきて、切なくなりました。作者様の描写が繊細だからこそ、読み手にしっかり伝わるのだと思います。番外編でまた深く心情が知れて切なくなりました。特にマッキーがかなりグッときました。すごく素敵な作品でした! (2020年6月22日 9時) (レス) id: 2f4dc25fc0 (このIDを非表示/違反報告)
おかか - めっちゃ面白かったです!一人一人の言動の真意とかしっかり話が作られていて、リアルで凄いです! (2020年6月21日 9時) (レス) id: 0ecde9d0b0 (このIDを非表示/違反報告)
ルーテル(プロフ) - 今まで読んだ占ツク作品で1番好きかもしれません…1人1人の心情がリアルでぐちゃぐちゃなのに真っ直ぐな恋心がとても心地いい作品でした!マッキーの切なさが一番心に来ました…いい作品をありがとうございました! (2020年5月31日 22時) (レス) id: 98b39f25a9 (このIDを非表示/違反報告)
モンブラン♪@アップルパイも捨てがたい(プロフ) - 泣いた...岩泉夢主さん好きなのかなぁ?は勘違いか...もうカッコよすぎ...ごちそうさまですっ (2020年1月13日 12時) (レス) id: 538cc2e76e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:小鈴 | 作成日時:2019年10月17日 21時