貰った恩は返すべし ページ5
Aはエーミールが支度をしている間、前世のことを思い返していた。
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冷たい牢獄。知り合いなんていない牢獄にその人は現れた。かつんかつん、と響き渡る足音に顔を上げればそこに居たのは薄いショコラ色をした優男。かつてA・ラ・ストラスブールの執事をしていた者だ。
捕らえられたAを嘲笑いに来たのだろうか。Aはカラカラの喉で声を出す。
「なぜあなたが…?わたくし、とっくの昔にあなたをクビにしたはずですわよ」
「…最後までお供させてください。それが私の願いです」
「金も名誉もない、ただの小娘に…最後まで忠誠を誓うと言うの?」
「はい。A様」
「…何でわたくしを、そこまで…」
「覚えていらっしゃなくて結構です。さあ髪の毛をときます。メイドではないので多少下手でも文句は言わないでくださいね」
そう言って不器用な手つきで彼は髪を解く。Aの処刑が行われるまでの間、エーミールは身の回りの世話をずっと、最後までしてくれた。水すらまともに与えられない牢獄の中で、エーミールの存在はいつしかAの支えとなっていたのだ。
Aが断頭台に上がる前の夜は、彼と会うことの許された最後の夜であった。牢獄の窓から差し込む月光が彼の顔にかかる。ひどく悲しそうに瞳を揺らして、彼は口元だけで笑っていた。
「笑うならもっと上手に笑いなさい」
それじゃあ、天国にもっていくにはお粗末過ぎるとAが笑えば、エーミールの色素の薄い瞳からは溢れんばかりの涙が溜まる。それを見てAは疑問に思う。自分の行いを振り返ってみても、分からない。エーミールにとって自分はいい主人ではなかったはずだ。なのに何故ここまで尽くしてくれるのだろうか。
月夜の晩に、彼女は尋ねる。
「エーミール、あなたは…何故ここまで忠誠を誓ってくれますの?」
「……そうですね、私と初めてお会いした時のことを覚えていらっしゃいますか?」
「…いいえ」
「はは。貴女らしい。……貴女は、私を見ても何一つ変わらなかったのですよ」
「変わらない、って?」
「この色素の薄い瞳は、周りから煙たがれていたのです。でも貴女はそんな私を見ても態度を変えることはありませんでした。それどころか宝石みたいだと笑って……あぁ、いけませんね。歳を取ると無駄話が過ぎます」
エーミールは照れ臭そうに笑う。Aが礼を言おうとしたちょうどその時──兵士がやって来て面会の終了が伝えられた。
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枕の怨念ぅ - 凄く親近感の湧く小説でした!面白いです! (11月18日 16時) (レス) @page5 id: 7f1a8024d0 (このIDを非表示/違反報告)
くれぴと - 夢主様考えることが言い方悪いけど欲望に忠実すぎて逆に幼子みたいで少し可愛らしいと感じる自分がいる...これうちだけかな? (5月7日 20時) (レス) id: e2b452ca9a (このIDを非表示/違反報告)
春風駘蕩(プロフ) - コーネコネコーネは笑う⋯めっちゃニヤついてしまった⋯ (2022年9月17日 23時) (レス) @page14 id: 34351208ff (このIDを非表示/違反報告)
暁郗 - knさん…名前めっちゃコネるやん…不覚にもねるねるねーるねを思い出してしまった…。すみません…。 (2020年12月11日 5時) (レス) id: 14cb33816d (このIDを非表示/違反報告)
鳩山(プロフ) - こすずめさん» コメントありがとうございます…!一応チラッとだけ概要に書いているのですが、バチコリと読んでおります!元ネタは某なろう系のものです!お褒めの言葉並びに応援のお言葉をありがとうございました…!本当に励みになっております! (2020年9月14日 2時) (レス) id: 9ca89ee33d (このIDを非表示/違反報告)
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