六十九話 ページ29
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「Aさん、特に変わった事はありませんか?」
「えぇまぁ…大丈夫っス」
彼の死から数日。
まだ身体や心の傷が癒えていない中、彼らは普段通りの生活を取り戻そうとしていた。
そして今日、Aは死ぬほど行きたくない検診を
「あの…俺昨日来たばかりっスよね」
「えぇ」
受けに来たのではない。
急にしのぶに呼び出されたのだ。しかも夜中。
何で?
「お、俺何かしましたか?」
「叱ってほしいんですか?」
「いいいいえ滅相もない!」
しのぶは相変わらずの優しい笑顔を浮かべている。
しかし心なしかいつもより黒い。
「実は炭治郎君がいなくなってしまったんですよねぇ」
「…炭治郎が?」
「えぇ。彼、傷がまだ完治していないんですよ。それなのに勝手にどこかへ行ってしまって」
「…」
多分煉獄さんの家だ。
アイツの事だから、きっと自分がどんな状況であっても行ったと思う。
「で、Aさんなら彼の行き先を知っているかと思って今日呼びました」
「はぁ…」
「まったく、どいつもこいつもですよ」
やめてしのぶさん。
そんなにっこにこで拳振らないで怖いから。
「アイツなら、多分煉獄さんの家に行ってると思います」
「そうですか。まぁ予想はついてましたけど」
ついてたのかよ。だったら何で呼んだんだよ。
なんて口が裂けても言えないよね。
「じゃあ、呼び戻してきてください」
「…はい?」
「炭治郎君を呼び戻してきてほしいんです」
「あ、いや。聞き逃したとかではなくて……何で?」
「私はまだ仕事が残ってますし、善逸君や伊之助君に行かせる訳にもいかないでしょう?」
「…そうっスか」
しのぶが怒っているのは目に見えて分かったが、同じくらい心配しているのも感じ取れた。
断る理由も見当たらず、Aが素直に立ち上がる。
ふと、しのぶが静かな声を上げた。
「―――Aさん」
「はい」
「……あまり自分で自分を追い詰めないでください」
返事はしなかった。
できなかった。
下手をしたら弱音を吐いてしまいそうだったから。
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作者名:名梨 | 作成日時:2020年1月12日 18時