六十八話 ページ28
しばらく驚いたように炭治郎を見つめていた炎柱は、やがて柔らかく微笑む。
「もうそんなに叫ぶんじゃない。腹の傷が開く、君も軽症じゃないんだ」
今でさえ体中に激痛が走っているだろうに、彼の表情は平穏そのものだった。
『煉獄さん達は負けてない！！誰も死なせなかった！！戦い抜いた！！守り抜いた！！』
「竈門少年が死んでしまったら俺の負けになってしまうぞ」
「…」
煉獄は静かな声で炭治郎を呼ぶ。
彼の正面に座り、痛々しいその姿に炭治郎は一層涙を流した。
「思い出した事があるんだ。昔の夢を見た時に」
太陽が東の空に高く昇る。
暖かな日光が鬼殺隊員達を優しく照らした。
「俺の生家、煉獄家に行ってみるといい。歴代の炎柱が残した手記があるはずだ。君が言っていたヒノカミ神楽について何か……記されているかもしれない」
「っ…煉、煉獄さん…もういいですから、呼吸で止血してください…傷を塞ぐ方法は無いですか？」
「無い。俺はもうすぐに死ぬ。喋れるうちに喋ってしまうから聞いてくれ」
それじゃあ納得できないとでも言うように、炭治郎は縋るようにAを見やる。
傷だらけの彼女は、ふるふると緩やかに首を振った。
「…弟の千寿郎には、自分の心のまま、正しいと思う道を進むよう伝えて欲しい。父には、身体を大切にしてほしいと。それから……」
視線を上げ、煉獄は涙を流す炭治郎を優しい眼差しで見据えた。
「竈門少年、俺は君の妹を信じる。鬼殺隊の一員として認める。命を懸けて鬼と戦い人を守る者は、誰が何と言おうと鬼殺隊の一員だ」
「胸を張って生きろ」
伊之助の怪力にぎゅうぎゅう締め付けられながら、Aはじっと俯いている。
「己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ。歯を食いしばって前を向け」
じわじわと煉獄の生み出す赤が地面を侵していく。
「猪頭少年、黄色い少年。もっともっと成長しろ。そして今度は君達が鬼殺隊を支える柱となるのだ。俺は信じる。君達を信じる」
「っ……」
煉獄の炎の瞳がAを捉えた。
「そして寧塑寺少年、君には一つだけ頼みたい事がある」
「…何スか…？」
そう言って顔を上げて目が合えば、彼は嬉しそうに笑ってくれた。
そしてただ一言だけ、Aに贈った。
鬼殺隊、炎柱・煉獄杏寿郎。
無限列車にて、隊員乗客誰一人死なせる事なく、己の務めを最期まで全うした。
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作者名：名梨 | 作成日時：2020年1月12日 18時
