幾夜寝覚めね

二十三 ページ24

「疲れた…」

明け六つの合図でお客を送り出して、二度寝するために自室へ戻る。
寝ぼけ眼でふすまを開けたところで、一瞬で目が覚めた。

部屋の真ん中に、ごろりと我が物顔で寝転ぶ銀髪が。

「ずっといたの…？」

部屋には入間様たちはいない。酔いつぶれて置いて行かれたのだろうか。
居続けをすれば、それ相応のお代がかかる。
さすがにそれは忍びなくて、起こそうと近くに寄る。

小さく聞こえる寝息。安心しきった寝顔はまるで幼子のよう。

「あちきを待ってた、とか」

安っぽい妄想に、自分でもため息が出る。そんなはずはないのに。

一つ、大きなあくびをする。瞼が次第に重くなってきて、私も寝転ぶ。

「女みたいに綺麗なお顔ざんすなぁ」

雪のように白い肌、長い睫毛に縁どられた瞳。
鼻筋はすっと通って、唇は桜の様に薄く色づいている。
いかにも女好きしそうな二枚目だ。

「……おい、誰が女だ」
「お、起きていらしたんならおっしゃっておくんなんし！」

いきなり発せられた声に驚いて、慌てて起き上がろうとするも、
長い腕に捉えられ、無理矢理にも離れさせてはくれない。

耳に彼の心音が響く。

「ずいぶん遅かったじゃねぇか」
「お客様の相手でありんしたから」

私がそう答えると、不機嫌そうな舌打ちが頭上から降ってくる。
身近に感じる体温に、今にも蒸発しそうなほど身体が熱い。

「気に食わねぇ」
「何か粗相を…」
「ちげぇよ、A、お前が他の野郎に抱かれてんのが気に食わねぇ。
俺はそう言ってんだ」

頭の中で、碧棺様の声だけが反響する。

「だけんど、あちきはこの生業でしか生きて行けんせん」

その言葉の後に、しばらく沈黙が流れる。
互いの早鐘をつくような心音だけが鼓膜を揺さぶった。

「そうか」

彼は、たった一言ポツリとこぼすと、私の頭をゆるりと、
まるで童子をあやすみたいに、そっと大きな手で撫で始める。

暖かくて、大きいけれど繊細な手のひらは、母や空蝉姐さんを思い出させた。

「やっぱり、女子みたい」

今度はそれに返しはついてこなかった。
その代わりに、私はそれこそ童子の様に眠りに落ちていった。


朝の光が柔らかに部屋に満ちていくのを感じながら、久方ぶりの安眠を甘受した。

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