幾夜寝覚めね

二十 ページ21

まず最初に聞かされたのは、彼が雛鶴屋に来ていたという事だった。

「そうだよなァ？」
「え、ええ。それは知っております」

女将さんは大きくうなずく。

「またAのところかと思っておりました」

いつも通り登楼した後、勝手知ったる風で私の座敷へ向かった。
しかし、いつもより遅く着き、夜見世に出た私と入れ違いになった。
仕方なしに待っていると、一人の遊女に声をかけられる。

「そいつは、さぞかしお辛いでしょう、そう言った」

そのまま事を始めようとする遊女。
碧棺様が拒否をし突き飛ばすようにして断ると、相手は激怒し、
彼にこう言い放つ。

Aは今、自分の手の物と情事を交わしている、と。

つまり、いつでもどうにでもできる、そう脅されたのだ。

「それからあの女の部屋で、今の今まで軟禁されてたってこった」
「して、その遊女とは…」

楼主がおずおずとその名を聞く。

「ここの一番の花魁、そう名乗ったぜ」

その言葉に全員が一瞬にして凍り付く。それを破ったのは、女将さんだった。

「早くおし、吉野を見つけるんだ！」

下男たちに命じると、楼主と二人で、大慌てで楼中に散らばっていった。
部屋に残されたのは私と、一郎さんと碧棺様。

昔から相性はよくなかったが、まさかこんなことをされるとは。
少なからずショックを受けていたようで、私は膝からへなへなと座り込んだ。

「悪かった」

彼は私をそっと引き寄せると、優しく胸に抱いた。

「約束を守れなかった上に、お前を傷つけた。本当に悪かった」
「主さんは…主さんは何も悪くありんせん。あちきのためと、
そう思ってくれんしたのでしょう？こんなに大きな傷を作ってまで、
あちきのもとに来てくれんしたのでしょう？それだけで十分でありんす」

この人は約束を守ろうとしたのだ。私を捨てたりしなかったんだ。

こらえきれず、嗚咽のようになって、彼の肩を濡らす。
悲しみと安堵がごちゃごちゃになって、自分でもよくわからない。

「おい」

一郎さんが突然切り出す。

「んだよ」
「お前、この間俺に、Aに惚れてるか？って聞いたよな」

思いもかけずそんな会話が繰り広げられ、ついていけないうちに話は進んでいく。

「今答えてやるよ。…俺は、Aに惚れてる。心底だ！」

大きく叫ぶと、一郎さんはさっさと走って出て行ってしまった。

「だとよ」

その言葉をあっさり飲み込むには、私にはまだまだ時間が必要なようだった。

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