幾夜寝覚めね

十八 ページ19

「おい、見ろよ、Aだ！」
「ありゃあえれぇ別嬪だな」

ある日の夜見世。張見世の前には冷やかしの客ばかり。
煙管をふかしふかし、私はぼんやりと格子の外を見ていた。

「どいつもこいつも冷やかしばかりで登楼(かい)やしない。
まいっちまうね」
「今頃お楽しみは吉野花魁だけさ」

今日も遊女たちの話はどこまでも尽きないようだ。
今夜で三十夜目。いつもならとっくに彼が来ている時間なのに、
待てど暮らせど通りをあの銀髪が横切ることが無い。

「あれ、Aちゃん、例の旦那をお探しかい」
「…そんなんじゃないよ」

隣に座る遊女は勘ぐるように、本当かい？と笑う。
その通り、私は彼を探している。
彼は、碧棺様は、もうあきらめなさったのだろうか。

「A」
「あい」
「お客さんだよ」

そんな悶々としている間に、客が付いてしまった。
あの言葉はやはり嘘だったのだろうか。
自分が捨てられたことを自覚せずに済むなら、お茶挽きよりは
良かったのかもしれない。


「Aでありんす」
「待ちかねておったぞ！」

部屋では、高そうな召し物を着た初老の男が待っていた。

「お初でありんす。主さんお名前は何と？」
「大木屋だ。海苔問屋をしている。お前さんの評判を
聞きつけてな、一度会ってみたいと思っていたんだよ」

そう言うと、いきなり肌に触れてくる。
私がそっと除けても、べたべたとしつこい。

「なんだぁ、いいじゃないか。もとよりお前はこれが仕事だろうに」

色欲に狂った客。少し金を余らせているからと言って
会話だの芸事には見向きもせず、色ばかりに目をくらませる。
私はこの手の客が最も嫌いだ。

「若い遊女が好きでねぇ。だけど話したがりは嫌いなんだ」

仕方がない、私は女で遊女だから。こいつが言う通り、これが仕事なのだから。
褥に運ばれて思い切り押し倒される。

何の感情も抱かぬまま、時間が過ぎていく。

＿＿＿＿＿＿やっぱり惚れた腫れたなんてここでは戯言なんだ。

体を這う気色の悪さに耐えながら、私はふっと息をついた。

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