検索窓
今日:2 hit、昨日:8 hit、合計:1,205 hit

いまは、まだ(トール) ページ5

トールは大の読書家で、仕事前でも後でもいつでも本を携えている。Aも本が好きだけれど、読むのは大抵オフの時で、仕事の時に本は持ってこない。単純に荷物になるからだ。

 だから仕事が終わった後、アルバトロス号でトールが徐に老眼鏡を取り出すと、Aは居ても立っても居られない。トールのスペースに、自分の空のマグを持って赴く。同じ読書仲間として、トールは本の選定センスがいいから何を読んでいるか気になるし、仕事を終えた達成感や安堵感を共に分かち合いたいのだ。

「トール、いい?」
「ああ、おいで。丁度コーヒーを淹れるとこだ。と言っても」
「インスタントだが、でしょ?水筒のぬるい湯だけど、よね?私、トールの淹れるインスタントコーヒー好き」

 老眼鏡をかけながら、トールがベンチに座ったままAの手を引いて、笑って問いかける。

「泥みたいな味の?」
「そうよ、泥みたいな味の」

 可笑しくてAも笑いながら、引かれるままその横に座った。

 マグにとびきり濃いブラックを作ってもらって啜ると、カフェイン効果で仕事の疲れも眠気も吹っ飛ぶ。尖ったままの神経が落ち着いて、本の表紙がくっきりと見えてきた。

「続きから?」
「ああ、この前仕事の後に読んでたやつ。第5章から」
「楽しみにしてたのよ、次の展開を」
「そうか、じゃあ乞うご期待だな」

 膝掛けがわりに2人で1枚の毛布をかけると、いよいよお待ちかねの読書タイムの始まりだ。トールがAに少し本を差し向けて開き、ちょうどいいタイミングでページをめくっていく。もはや阿吽の呼吸だ。
 
 それもそのはず、少なくとも3年近くをこうして過ごして来た。物語やノンフィクションはもちろん、ビジネス書に人生のハウツー本まで、色々な本を読んできた。2人で真剣に読み耽り、時に笑い時に泣き、全てを共有してきたのだ。

「……コーヒーのおかわりは?」
「ありがと、大丈夫」
「……」
「……」

 ページが進んでいくと、口数も減る。2人で機内から本の世界へとダイブして、文章表現の海に泳ぐ。シビアな現実世界から離れて登場人物や著者の心理へ深く潜るのは心地良い。たとえ途中文章の荒波に遭っても、必ずAの隣にはトールがいて、笑って手を引いてくれる。
 だからAは安心して自由に本の世界を遊び泳ぎ、やがて泳ぎ疲れると、文字の波のまにまに眠りにつく。

「……おやすみ、A」

・→←・



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (12 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
17人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

ムスメ3(プロフ) - トール優しすぎるってばよ (2月18日 21時) (レス) id: fcb0ec653e (このIDを非表示/違反報告)
るう(プロフ) - ムスメ3さん» あたたかいコメントありがとうございます!いつもとても励みになっています。また是非遊びに来て下さい(^^) (2月14日 17時) (レス) id: b1708db406 (このIDを非表示/違反報告)
ムスメ3(プロフ) - お返事ありがとうございます!あなたの作品が見れるなら幾らだって待てますとも!! (2月14日 1時) (レス) id: fcb0ec653e (このIDを非表示/違反報告)
るう(プロフ) - ムスメ3さん» こんばんは、ムスメ3さん。いつもありがとうございます!他にバレンタイン話は書いていなくて……遅筆なもので申し訳ないです。お待たせするとは思いますが、ガンナーにもまだ沼っているのでお話を増やす予定です。是非楽しみにお待ち下さいませ! (2月14日 0時) (レス) id: b1708db406 (このIDを非表示/違反報告)
ムスメ3(プロフ) - あ〜まじ最高 、ガンナーのバレンタイン話とかってありますかね?|ω・` ) (2月13日 19時) (レス) @page4 id: fcb0ec653e (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:るう | 作成日時:2024年2月12日 23時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。