十の貢 ページ12
.
「それでは……爺さん、行ってくるよ。無理せず村の人に頼って、何かあったら必ず文を。……雪解けまでには必ず戻ってくるから」
日の出を迎えた次の朝。出発の日。
冷たい風を背に受けながら、爺さんのしわくちゃの手を強く握りしめる。暖かい手だった。
「……梨鶴、お前は優しい子だ。こっちのことは大丈夫だから、何かあったら虎珪を頼りなさい」
「あぁ、爺さんも体には気をつけて」
姿を目に焼き付けて、村の入り口を出る。振り返ることはしない。今後ろを見れば戻りたくなってしまう。風が雪原の雪を舞い上げ、空に散っていく。
もうすぐ本格的に冬に入る。吹雪が村々を襲う。僅かな実りと薪を燃す黒々とした煙と、薄い綿の入った襤褸の上着。耐え凌ぐ厳しい冬が。
「下の村はどうなのでしょうか」
「ここ程積雪があるわけではありませんでしたが、軒先きには氷柱が下がっていましたよ」
この国は寒い、仏耀様が見離した土地ですから。
そう虎珪様は俯きがちに言った。
私達が目指す地は牽の首都雍江(ようこう)。彼の地は大地が凍てつくことはないという。
凍てつかぬ地とはどんなに良い場所だろう。私達が求める安寧を他の国は持っている。
「……梨鶴様。戸惑いは尽きぬでしょうし、怒りもあるでしょう。遠慮せず辛い時は辛いとおっしゃってください。そして自分などに謙らずに」
黙々と足場の悪い山道を歩く中、彼は言った。軟弱そうに見えて一切の疲れを見せなかった。
「今は辛くありませんよ。弱音など言ってられませんし、私は出来ることをするまでです。そして謙ることをしないとは呼び捨てにでもすればいいのですか?」
彼は少し困ったように微笑みながらも、私の変えぬ態度に意を唱えることはしなかった。ただ敬語も自分には使う必要ないし、呼名はご自由にとだけ。
それを聞いた途端、貴方こそ年下に畏まってどうするのかと笑ってしまう。
「じゃあ言いますけどね、虎珪。貴方はその服で宿に泊まったら追い剥ぎに合いますよ。よくここまで狙われなかったもんです。それともなんです?一文無しになりたかったのですか?」
「いや、そういうわけでは……」
「なら今すぐにこの襤褸を上から纏いなさい!貴方は学者であっても下々の生活に無知すぎるわ!!」
私が大声で説教をするのが意外だったのか、虎珪は口をポカンと開け、ボロを片手に呆然とする。そして大慌てで上に纏った。
側から見れば不思議な構図。まだまだ先は長く、旅路は始まったばかり……。
5人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:希嘉 | 作成日時:2018年12月25日 10時