短編集『恋日記。』【Ｎ】 (ページ41)

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*渡海side*

「渡海先生―？」

低すぎず、高すぎず。

そんな綺麗な彼女の声が鼓膜を撫でる。

彼女が自分に歩み寄るまで返事をしないでいると、

ふわん、と甘い香りが鼻を掠めた。

「渡海せんせ、あ…寝てる。」

「……。」

その甘い香りの正体は、他の誰でもない彼女のものだ。

寝たふりを続けるか否かと思った時。

「…渡海先生、起きてるでしょ？」

「……、良く分かったな。」

「睫毛が微かに動きました。」

狸根入りは、どうやらバレてしまったらしい。

目を開けるとソファの下にしゃがみ込んでいる彼女が、

緩く目尻を下げて得意げにそう言った。

「渡海先生、306号室の成瀬さんのことなん、わっ…？！」

タブレット端末を操作していた彼女の腕を引っ張って、こちらに身を寄せさせた。

「ちょ、渡海先生、誰かに見られちゃ、」

「どうせ誰も入ってこないだろ。」

腕を突っ張って距離を取ろうとする彼女の耳元でそう囁けば、途端に大人しくなった。

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