十通目 ページ10
走り出したせいとは違い、どくんと大きく脈打つ心臓を感じてAは顔を顰めた。
彼が居たのは体育が二クラス合同授業だからだ。一か月程前の春の日にクラス分けが発表された時は、一緒のクラスでなくても隣のクラスであることに喜んだが、この日は初めてその状況を喜べなかった。
目を別の方向へ逃がして走る。"好き"が溢れて、恋をした三年前から今までの彼の記憶が蘇る。でもそのすぐ後に、先週の窓からの光景が色濃く脳裏に映されて消えなくなった。
もう想いごと全部振り切ってしまいたくて、過去のことにしたくて、あの光景も全て消したくて、そればかりに集中して走った。
気付いた時にはゴールの線を越えていた。
「速っ！」
タイム係をしていたのは、明るい女子グループの中で脱力系と呼ばれている、いつも気怠そうで好奇心の薄い印象の水橋だった。
そんな彼女が、Aのタイムに目を丸くして声を上げたのだ。
「はぁ、はぁ」
両手を膝について息も絶え絶えのAに、まず和菜が走り寄りバシッと背中を得意気に叩いた。
「凄すぎ！ やっぱあたしの親友は凄い！」
「痛いって。何が……凄いの？」
無我夢中だったため、Aは何が何だか状況が読み込めない。心なしか周りの視線が自分に集まっている気がして居心地が悪い。
すると水橋が近寄って、ショートカットの黒髪を手で梳きながら淡々と言った。
「Aさん、足速すぎ。びっくりして目覚めたし。カフェインより効果あるわぁ」
水橋のこの台詞を皮切りに、次々とそこに居た女子がAに話しかけ始めた。和菜は誇らし気な顔をしていたが、Aはどうしていいか分からず困惑していた。そして何よりも彼女の頭を悩ませたのは体育祭の選手決めであり、心の中で重い息を吐いた。
その向こう側では、何人かの男子が女子の騒ぎを何事かと見ていた。そしてまた何人かはAの走りを目撃していて、その姿に目を奪われていた。その中には総士と、彼と仲の良い健吾も居た。
そして案の定、その後の学活でAは個人種目の選手に指名されてしまった。それがたまたま二百メートル走だった。
そういう訳で冒頭の放課後に戻る。
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megumi(プロフ) - パトさん» 素敵なコメントありがとうございます！幸せな時間を差し上げることが出来たなんて、とても嬉しいです。これかの執筆活動の励みになりました。 (2021年3月7日 19時) (
レス) id: 1a15500b7d (このIDを非表示/違反報告)
パト(プロフ) - 素敵な作品を作って下さりありがとうございます。文章が綺麗でほのぼのとした雰囲気も好きすぎて、一気読みしてしまいました。幸せな時間をありがとうございます。 (2021年3月7日 17時) (レス) id: 8ed95612e3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：megumi | 作成日時：2020年2月1日 23時
