検索窓
今日:2 hit、昨日:2 hit、合計:32,398 hit

二十三通目 ページ23

いよいよAがスタートラインに並ぶ時が来た。止まらない時間の流れに押されて白線の手前に立つ。与えられたのは一番外側のレーンだ。合図の後、他の走者と同様にしゃがんで構えの姿勢をとった。

 こうなったら走るしかない。きゅっと唇を結んだ。

 ピストルの口が空を仰いで、息を呑む数秒間。パンッ――スタートの合図が空に弾けた。
 構えていた人影達は勢いよく飛び出し、風を切る。Aも足を大きく前へと踏み出した。

 このコースは応援席が近く、注ぐ視線が居心地の悪さを与える。横からの目を避けるようにひたすらに前を向くと、視界を支配したのは彼の姿であった。まただ。

「どうして、走るときは総士くんが」

 心の中でそう嘆いて瞬時に目をそこから逸らして、ただ足を動かした。そして何もかも振り切るように、心臓が悲鳴を上げるのも無視して、走路を駆ける。

 けれど、これは二百メートル走だ。普段習慣的に運動をしていないAが無茶な速度で走れば、半分を過ぎた頃に息が絶え絶えになるのは自明である。

「くっ、はあ……」

 喉から酸素を求めるように息を大きく吐いては吸う。足りなくて、苦しさが徐々にせり上がる。
 その苦しさが頭の中の好きな人の姿に覆いかぶさって、今の状況に意識が戻ってくる。後ろから他の走者の足音が少しずつ大きくなって迫る。

 このままでは最初に全力で走り過ぎて、途中で急激に失速した情けない姿が目立ってしまう。Aは別にこのレースで上位を狙っている訳ではなく、最下位になったとしてもクラスの心中が気になる程度なのだが、校内の大人数によって好奇の目で笑い者にされるのは何としてでも避けたかった。

 しかし急に足が重くて、力が尽きてしまいそう。そんな時だった。

「Aちゃん、頑張れ」

 その声がAの耳に真っ直ぐ届いた。

 自分の名を呼ぶのは和菜しか居ないのに、その呼び方も声も彼女のものでは無い。もっと低くて落ち着いた、女子ではなく男の人の声である。でも初めてではなく、ずっと前から知っている声で、そしてその主も分かる気がした。

 手紙の彼だ。

 根拠のない確信の後、Aは未知の力でゴールの線を一番に切った。

二十四通目→←二十二通目



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (44 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
29人がお気に入り
設定タグ:手紙 , ほのぼの , 名前変換オリジナル , オリジナル作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

megumi(プロフ) - パトさん» 素敵なコメントありがとうございます!幸せな時間を差し上げることが出来たなんて、とても嬉しいです。これかの執筆活動の励みになりました。 (2021年3月7日 19時) (レス) id: 1a15500b7d (このIDを非表示/違反報告)
パト(プロフ) - 素敵な作品を作って下さりありがとうございます。文章が綺麗でほのぼのとした雰囲気も好きすぎて、一気読みしてしまいました。幸せな時間をありがとうございます。 (2021年3月7日 17時) (レス) id: 8ed95612e3 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:megumi | 作成日時:2020年2月1日 23時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。