アネモネの希望/izw ページ1
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「3月まで…?」
「そう、3月まで」
こちらには一瞥もくれずに、拓司くんが繰り返す。眼鏡の奥の瞳はとても眠そうでクマがひどい。今すぐにでもベッドに寝かせてあげたいが多忙な彼はそうもいかないらしい。
テレビタレントで、YouTuberでCEOで、忙しいのはわかっている。もう付き合ってしばらくたつのだから、今更どうとも思わない…なんてことはないけれど、ダダをこねたりするほどじゃない。私、とっくに大人だし。
「休み、とれなくてごめん」
目を伏せて、くるりと私のほうに向きなおった彼がさみしそうに微笑む。拓司くんが悪いわけじゃないのに、なんて言ったところで聞いてくれそうにもないような、そんな顔だった。
「気にしないで」
私も仕事忙しくなると思うし。口ではそう言ったけれど、本当は会いたいし、デートだってしたい。女の子とは言えない年齢になってしまったけど、いつだって好きな人に会いたいのは変わらないのだ。忙しすぎる彼と合わなくなるのは目に見えていたはずなのに、会いたいと思ってしまう。
でも、だけど、このままだとすれ違ってしまうかもしれない。会って話をしないと、もっと一緒に時間を過ごさないと、儚く散ってしまうような気がして。
会いたいと言えない自分が、心底嫌だった。
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拓司くんが有名になるのは、いちファンとしても恋人としても嬉しいことだ。テレビを見ても、動画を見ても、彼がいる。そう、見ようと思えば24時間365日、いつだって。
大好きな彼を見ることが出来るのはいいことなのに、画面越しではなく直接、彼に触れたくなってしまう。スマートフォンの画面に指を滑らせても、ぬくもりは得られない。メッセージを送ろうと開いた画面は、私の顔を照らすだけだった。
「もう、だめなのかな」
多忙な彼と会える時間はどんどん減っていくばかり。会えたとしても時間はあっという間で、デートなんて夢のまた夢。誕生日にさえ会いたいと我儘を言えなかった、私。もういっそ、諦めたほうがいいのかななんて、よくない考えが頭をよぎる。
『このままでいいの?!』
突然耳に入ってきたアイドルソングの歌詞がグサリ、胸に刺さる。よくない、けど。でも、だって、を100回繰り返したって現状は変わらない。それでも臆病な私が、とれる手段はたぶん、これだけ。
「あ、もしもし?ちょっとお願いがあるんだけど__」
ごめんね、拓司くん。ずるい方法しかなくて。
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作者名:エリッサ | 作成日時:2021年1月7日 19時