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最寄り駅へ行くのとは反対回りの電車に揺られて26分。出かけるには少し遠いその駅で降りるのは久しぶりだ。
駅からの道も懐かしく思えてしまうくらい、ここには来ていない。専ら彼が私の家に来ることが多いのも一因ではあるが。
ゆっくり、玄関のドアを開けると、まだきちんとセットされたままの髪の彼が出迎えてくれた。今日はテレビ番組の収録だったのだろうか。メイクの上からでも伺えるほどのクマだけは、相変わらずだった。
「…久しぶり、かな」
今すぐにでも抱きついてしまいたい衝動を押さえ込んで、口角を上げた。気が緩んでしまって上手く笑えない。
私がとった手段は、共通の友人に連絡すること。遠回しに第三者から伝えられたのなら、私の気が楽だから、なんていうずるい自己防衛策だった。
拓司くんから連絡が来ることなんて期待していなかった。忙しいんだし、早くても来月かな、と思っていた。
『今日、うち来れる?』
2時間後、メッセージが来たときは驚いた。だって、そんなことあるだなんて思わないでしょ?
私のために時間を空けてくれたのがうれしくて、うれしくて。それでもきゅうと胸が締め付けられるのは、ずるい手段を選んだから、だけど。
コートを脱いで、ぼふ、と抱き着くとゆっくり背中に手が回された。顔を合わせないままぽつり、拓司くんが口を開く。
「俺、疎いんだよ」
はあ、とらしくもないため息をついて、おもむろに目を合わせた。ぎゅうと手に力が込められて、ちょっとだけ痛い。
「寂しいとか会いたいとか、直接言って」
俺の仕事に合わせてたらキリがないから、なんて。それを言うために、わざわざ仕事終わりに呼び出したの?ねえ。今週は本当に忙しいんだって、言ってたじゃない。
「めいわく、じゃないの」
多忙なんだから、我儘言うわけにいかないよ。もう子供じゃないの。いやいやと首を振ると、肩をつかまれてびくりと震えた。
「俺はちゃんと、Aのこと大事にしたい」
そんな、真っ直ぐな瞳で見つめられて、言うことを聞かないなんてできなかった。私が拓司くんの真剣な表情に弱いことを、いちばんよく知っているのは彼なのだから。…ずるい人だ。
「愛してる」
恥ずかしくて思わず目を伏せた私に、彼がきざったらしく笑った。ソファに沈んだ私の耳には、アネモネのピアスが揺れていた。
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アネモネの花言葉『儚い恋』『君を愛す』『恋の苦しみ』『希望』
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作者名:エリッサ | 作成日時:2021年1月7日 19時