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「作業に取り掛かっていてもいい頃のはずが、庭にレンのお姿が
見えないので捜しておりました。そうしたら悲鳴が聞こえたので、
もしやと思い駆け付けてみれば案の定、というところです」
「すみません……すぐに取り掛かるつもりだったんですが、
トレイを調理場に戻しに行こうとしたところにアーカードが突然……」
眉尻を下げて事の経緯を説明し始めるレンだったが、次第に語尾がフェードアウトしてゆき、不自然なところで言葉を切ったかと思えば、何故かウォルターを見詰めたまま固まってしまった。
まるで電池が切れたおもちゃのように動きを止めたレンに、ウォルターは怪訝そうな表情を見せる。
「レン?」
どうしたのかとウォルターが胡乱げに呼びかけるが、一見固まっているようでその実、別のことに意識を取られているレンの耳には聞こえていない。
そのまま瞬きも忘れて視線を徐々に下へ辿ってゆくと、彼の小脇に抱えられているトレイが目に留まった。そして思い出す。
そう言えば、アーカードに腕を引っ張られた際に、うっかりトレイを落っことしてたような……。
一難去ってまた一難とはまさにこのこと。そのトレイが先ほど自分が落としたものだと気付いた瞬間、レンの顔からサーッと血の気が引いた。
「すっ、すみません師匠!わ、私、さっき階段から落ちそうになって
トレイ落としちゃって……!き、傷とか付いたりしてませんか……?」
「階段から?」
いきなりの謝罪に意表を突かれ、軽く目を見開くウォルターだったが、続く言葉に怪訝そうに眉根を寄せる。心なしか鋭くなった目付きに、やっぱり気分を害してしまったと捉えたレンは、怖れをなして顔を引き攣らせた。
「すすすすみません!きゅ、急にアーカードが追いかけて来て……!
きっ、気を付けてはいたんですけど、アーカードが驚かせるから……!
そ、それで、びっくりした拍子にうっかり手を離しちゃって……っ!」
しどろもどろになりながらも事情を説明し、決して故意ではないことを必死に訴える。
鋭い洞察力を持つウォルター相手に弁解が通じるとは思っていないし、そもそも言い訳をする勇気もないが、事故であり不可抗力だったと伝えれば少しは罪が軽くなるかも知れないという、あわよくばの打算が働くほどには意外とちゃっかりしているレンである。
そんなレンの弁明を聞いていたウォルターの表情が、少しばかり険しいものへと変わった。これは間違いなく説教コース確定か……!と、背筋に戦慄が走る。
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作者名:壱 | 作成日時:2021年3月22日 23時