Kleinod Ⅴ (ページ36)

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高地「北斗、大丈夫。【俺は北斗の事を見捨てたりなんかしない】」
あぁ、やっと言ってくれた。
鼻孔をくすぐる甘いバニラの匂い、自分がずっと言って欲しかった言葉。
自然と上がってしまっている口角にすら、松村は気付いていない。
勿論、それを止めようとして中途半端に伸ばした手を煩慮させているジェシーの姿にも。
依存しきっている彼には、目の前にいる高地の事にしか視界に入っていない。

高地「大丈夫、ちょっとだけ長期任務に出かけるだけ。【必ず帰ってくるから、安心して】」
松村「……ほんとう？」
高地「本当だよ、【俺は北斗に嘘つかないよ】」
自分を安心させる為の、優しい「扇動」。
そこに何一つ嘘はないのだと松村は過信している。

子供をあやすかのように優しく背中を叩いてくれる高地に、松村は心酔した。
ジェシーが悲しげな声で「北斗、嘘だよ、信じないでよ…」なんて言っているのには、気付かなかった。
無意識の内に、都合の悪い事柄をシャットダウンしているのだ。
自分の髪をゆっくり撫でてくれるその手も、その手の温もりも、全部全部自分を落ち着かせてくれる為のもの。

やっと与えてくれた、無意識的に待ち望んでいた「扇動」に、精神を散々消耗していた松村は全てを委ねるように受け入れた。
自分にとって都合のいいものだけを受け入れて、その他のものは排除して。
だから、高地が高地ではない事も、嘘をついてた事も、全部全部なかった事にして――。
松村「…ずっと、いっしょに、いてね」
いつぞやの時と同じように、盲信している高地からの手の温もりを感じながら、彼は「必ず帰ってくるから」と言った高地の言葉(嘘)を信じて、安心しきったように眠りについた。