Kleinod Ⅴ (ページ30)

今日:2 hit、昨日:16 hit、合計:172,143 hit

45:stimme ページ30

《俺も。ねぇ、お前いつまでそうやって抵抗すんの、泣き喚いてさ、疲れるでしょ》
必死に声をあげて、「返して」と主張するその言葉を躱され、「あれ」はまるで自分を宥めるように声をかけてきた。
何か、「甘い」という味覚が脳を刺激する。
「あれ」が口に含んだ、チェリーパイの味らしい。
必死に訴えかけて、疲れ切っているのをやっぱり「あれ」は見抜いているようだ。

[なぁ、俺]
こちら側にしか聞こえない声、「あれ」の心情の声がする。
[疲れるだろ、そんなに泣いたらさ。…楽になりたくないか？]
あぁ、罠だ。自分を黙らせる為の罠、かかっちゃいけない、はずなのに。

ふわり、と甘い香りがする。疲弊してしまった自分は、抵抗する間もなくそちらにふわりと沈んでいく。
甘く甘く溶けるような、自分の甘酸っぱい、ラズベリーの毒に包まれるような、毒に溶けてしまうような、そんな感覚だった。
…何、これ。こんなの、かかっちゃ、駄目なのに。
自分の毒に自分が酔いしれるって、何、何それ。

[そう、そのまま、楽になったらいい]
ゆらりゆらり揺れるそれに、眠らされるような不思議な感覚。
毒耐性は着いているはずなのに。
自分の意識が混濁して、不明瞭なものになっていく。
…いっそ意識を手放してしまった方が、楽？
でも、もしそうなってしまったら、俺はどうなってしまうんだろう。

森本「俺にとっての「偽物」は、お前だけだよ。樹から離れろ！」
……あぁ、うるさいなぁ。慎太郎、本当によく声が通るんだもん。
甘い罠から引き上げるような、あの大きな森本の声がする。
結局、いつだって助けてくれるのは森本なんだ。