手綱を握られるのはどちらか/em ページ5
手綱を握られるのはどちらか
ここには、ひとりの重要人物が収容されている。
戦乱の世が遺した、負の遺産。
先程までもがき苦しんでいた目の前の女性。
負の時代の、最高傑作。
死ぬことも叶わない哀れな生物兵器。
その美しい顔が、歪められ、話すこともままならないなんて。しかも、この状況は、私によってもたらされている、なんて。
「笑ってんなよぶちコロすぞ」
鋭い眼光と物騒な言葉。
……こんなものじゃ、ないだろうに。
「あら、もう元に戻っちゃいました?」
常人なら、その何十分の一の量でも、即死するような猛毒なんですがね。
なにやら、わあわあと苦言を呈している彼女を尻目に、新しく紅茶を入れ直す。
「気分じゃなくなった」
ふむ。
これは、どうやら本当に飲む気が無いらしい。
「Aさん」
ソレ、の名称を呼ぶ。
美しく、強く、高慢な、それの。
「えっ、ちょ」
紅茶を流し込んであげると、彼女の綺麗な目が見開かれた。
「っつ!」
鋭い痛みが走る。
茶葉の香りよりもずっと強い鉄の味が、口内に充満する。
「……んっ……っとに、調子に乗ってんじゃねぇぞ」
ぞわりと。
背中が粟立つのが分かった。
口から零れる血を舌で舐めとり、乱れた髪をかき上げる。
その姿は、ひどく、妖艶だった。
「ひどいなあ、紅茶をあげただけじゃないですか」
噛み切られた唇から落ちた血が、制服を赤黒く染めた。
「はっ、それは残念。今はコーヒーの気分なんだよ出直せクソ雑魚が」
どこまでが本気かわからない様子で、彼女は中指を立てた。
「おや、これはこれは、手厳しいことで」
……ねぇ、Aさん。
私、知ってるんですよ。
実は、貴方は簡単にここから出ることが出来ることを。
ちっぽけな収容所ひとつ、簡単に消し飛ばせることを。
こんな看守なんて、簡単にひねり殺せることを。
栄養なんて摂取しなくとも、彼女の生命活動は止まらない。
生存に不要な紅茶を、毎回躊躇わずに飲むわけは。
収容されている気なんてさらさらないくせに、ここに留まるわけは。
圧倒的弱者の戯れ言に、いちいち付き合うわけは。
私は、そんな強い貴方の気まぐれに、ずっと甘えているんです。
「Aさん」
「あ?」
私の血が着いた口が、不機嫌そうな音を出す。
絶対的強者の貴方。
もし、貴方の気まぐれが終わる時が来るのなら。
その時は、弱い私を殺してくださいね。
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田螺(プロフ) - 夜風さん» 夜風さん、ありがとうございます…!勿体ないお言葉をたくさん頂きまして、感無量です…;;そのように思っていただけるなんて嬉しいです…。ご期待に応えられるよう次作も頑張ります! (2017年12月20日 21時) (レス) id: 755aeb3c0d (このIDを非表示/違反報告)
夜風(プロフ) - 完結おめでとうございます。短編集の中で、作者様の作品が一番好きで毎日更新を楽しみにしていました( *˙˙*)それぞれのお話の独特の世界観に引き込まれる感じがして読み込んでしまう魅力が凄いなぁといつもROMりながら思ってました(笑)また新作も楽しみに待っています (2017年12月19日 22時) (レス) id: 8e491b616a (このIDを非表示/違反報告)
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