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藤ヶ谷に背中を向け、教室に戻っている途中に無意識に俺の手に包まれているものを見た。その教科書を見ると藤ヶ谷から受け取るときの情景が頭に浮かんで来て、にやけが止まらない。

あの藤ヶ谷が、少しでも自分に心を開いてくれた事を表しているようで嬉しさは増大した。手に包んでいるものを抱き締める。

周りから見たら、教科書を抱き締めている変な奴だと思われているだろう。けれど胸がいっぱいいっぱいで抱き締められずにはいられなかった。

更に心が満たされてゆく。それだけで充分だけれど、もっと求めてしまう自分もいる。けれど今は、目の前に教科書が手の中に納まっている事だけで、そんな自分を忘れることができた。

ただ、教科書を貸りただけなのにこんなにも舞い上がっている自分に嘲笑する。いつの間にか教室に着いていて、少し驚きで反応が遅れるもすんなりその入り口をくぐった。

教室に入ったときには、もう授業が始まる一分前で俺は慌てて自分の席に腰を下ろす。机の上に筆記用具とほぼ新品のピカピカのノートを広げる。その上に愛しの人から貸りた教科書を置く。

それだけで、再び気持ちが高揚してつい癖で唇を少し長めに舐めた。これは気合いが入るときにする俺の癖。試合やゲームを始めるときによくする。けれど勉強するときにその癖をしたのは初めてだ。

また、藤ヶ谷に変えられちゃったな。そう干渉に浸っているといつもより少し大きめな音で授業が始まる合図の鐘が鳴った。

その瞬間、教師が後ろの生徒にまで聞こえるように声を張る。その声は教室の壁にぶつかって反響した。そして指定されたページを淡々を告げて黒板にチョークを走らせる。

他の生徒はそれを聞くなり、教科書を開き始め紙がこすれる音が、教室の隅々で鳴った。俺もすかさず指定されたページを開くために教科書に手をかける。

適当な所に親指を入れて、折らないよう気を使いながら教科書を開く。その途端、俺は動きを止めた。それは目の前に広がった、カラフルなマーカーで記された文字がびっしりと書かれていたページを見たからだった。

その範囲のポイントや先生が言っていたところ、注意すべき所が書かれていた。その一つ一つの文字は、藤ヶ谷を現しているようでとても繊細で真っ直ぐで綺麗だ。

俺はその文字をこぼさないように丁寧に新品のノートにシャーペンを走らせた。書くことに夢中で、シャーペンのカリカリと紙を削る音しか耳に入らなくなっていた。


俺、今勉強してるんだ。



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作者名:supia | 作成日時:2021年10月19日 21時

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