奪い愛

５.Ｋｉ ページ5

もう慣れたように進む収録に、こうやって時間を見つけては逃げるように楽屋を後にする。
あれ以来、藤ヶ谷と一緒にいる空間に耐え切れないのもまだ女々しく、ドキ ドキしてしまうから。


間違って買ってしまった苺ミルクなんて甘ったるいジュース。
手持ち無沙汰でコロコロと手元で遊びながら、時間潰しに勤しむ。
自販機の手前、時々すれ違うスタッフさんに軽く会釈してぼうっとその身を壁に預けてもたれかかる。


頭の中で忙しくあれこれ考えてしまって、逃げるタイミングを逃してしまった。
気付いた時には遅かった。
何となく、真横から近付いてくる気配に、振り向くことなんて出来ず、手元の苺ミルクに視線を落とした。


Ｆ「……それ、飲まないの？」


まさか、話しかけてくるなんて思ってもみなかったから。
一瞬だけ…本当にちょっと、反応が遅れてしまって、何だか無視するみたいなカタチになってしまったから、慌てて俯いた顔を上げる。


「あっ……、」


Ｆ「北山、甘いの苦手じゃなかった？」


あの日以来の、些細な会話。
そんなことにすら緊張してしまって、藤ヶ谷のセリフに上手く言葉にならない。


俺にいつも通り接してくれる藤ヶ谷。
本当に、いつも通りの些細な会話に、
やっぱり藤ヶ谷は、俺のことなんて何とも思わないんだと女々しい考えが浮かんでくる。


(…告白…なんて、するんじゃなかった…)


そしたら、こんな風に苦しくなることもない。


悶々と色んな思いが交錯して、俯いたまま動けない。言葉にならない。
呆れたような溜息が聞こえて、その場に立っていることも嫌になる。このまま走り去ってしまいたい。

そんな俺の思いに重なるように、少し乱暴に俺の手元から苺ミルクが奪われていく。


Ｆ「これ、貰うけど？」


ちょっとだけ不機嫌さを含んだ声音。
藤ヶ谷の顔を見ることなく、無言で必死にコクコクと頷いた。
代わりに、手のひらにいくつかの小銭が置かれる。
最近は、何でもかんでもキャッシュレスだったから、その小銭の感触に懐かしさすら憶える。
自販機だって然り。


Ｆ「違うの買って？」


そう言って、小銭だけ押し付けてスタスタと俺の元を去って行く藤ヶ谷。
藤ヶ谷の背中を見送って、小銭を握り締めたまま、その場にずるずるとしゃがみ込んだ。


藤ヶ谷って、まだ現金なんだ…


って、そんなことじゃなくて…


「き…緊張したぁ…、」


本当にもう何でもない素振り。
あの告白はもう…なかったことに、されている。

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