奪い愛

３０.Ｆ ページ30

『……そんな簡単に、忘れちゃうんだ。』



苛々する。最近は特に。
自分でもわかるくらいに、妙に苛ついている。
理由は何となく、わかっていた。
ただ認めたくないだけ。


日に日に募る苛つきを、どうにか隠しながら仕事に没頭する。
それでも、去り際に吐き捨てた自分のセリフが、頭の中で嫌と言うほどグルグル回っていた。


(……北山、泣きそうになってたな…)


口にしてしまえば、傷付けると理解っていた筈なのに、どうしても我慢出来なかった。


Ｙ「…今日ずっと変だよね。」


真正面に座る渉がポツリと小さく呟く。
小説本を手にしたまま、渉へと視線をあげれば、手元の本を指差して続ける。


Ｙ「つか、ずっと同じページ。全然進んでない。」


「……そんなことないけど。」


渉の言葉に、少し苛つきながら返す。
図星だとわかっていたからこそ、余計に苛つき、まだ読み切っていないページを無理くり巡る。


Ｙ「変ってゆうか…機嫌悪い？……着替えに行ってから…？」


探るような視線とセリフに、無言で突き通す。
何もかもお見通しな上、全部当たっているだけに、これ以上発言することすら嫌になる。
またペラッとページを巡れば、渉の訝しげな声音が責めるように届く。


Ｙ「絶対読んでないじゃん。…何かあった？」


北山を傷付けた、なんてこと簡単に言えるわけもなく。
ただ長年連れ添ってきた親友に隠し事出来る自信もない。


「……今日、時間ある？」


Ｙ「ある。キスブサの収録しか仕事ない。」


小説本を目にしたままそうやって問えば、待ってましたと言わんばかりのタイミングで渉が答える。
そのタイミングと渉の姿が妙に可笑しくて、苛つく心は幾分か軽くなっていった。


これ以上読む気にもなれない小説本を閉じる。
もういいの？と、渉が視線で聞いてくるけど、曖昧に微笑んで小さく頷いた。


本当は、視界から遠ざけたかっただけ。
あの二人を視界に入れることに、心が騒ついて、落ち着かなくて、苛々がどんどん募っていくから。


「……どうしよっかなぁ…、」


少しずつ、言葉にして理解する。
これ以上、無視することも知らないフリすることも出来ないと。



気付いてしまった遅すぎる気持ちに、後悔の念が幾度となく押し寄せてくる。




北山に好きだと言われたあの日…、



俺は、考えられないと、断ったんだ。



北山の気持ちは、受け入れられないんだと。

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