奪い愛

２９.Ｋｉ ページ29

パサリと露わになる左肩。
ブラウスに引っ掛けられた指先が、ツンと俺の肌に触れる。


「…っ、なに…ッ、」


ずれたブラウスをまた羽織ろうとすれば、肌に触れた指先がそれを頑なに阻止してしまう。


Ｆ「……たまと寝た？」


「っ、…な…、」


言いながら、藤ヶ谷の指先が俺の鎖骨に押し付けるように触れてくる。
グッと拭うような仕草に、慌ててずれたブラウスを肩まで引き上げた。
鎖骨に浮かぶ赤い花。
藤ヶ谷に触れられたそれが、急に生々しいモノだと自覚する。
カッと全身に熱が走る。


ドクドクと鳴り響く心臓。
忙しなく鳴り続ける鼓動に、胸の奥の方が苦しくなる。
震える指先をどうにか動かして何とかボタンを留めようと俯く。
何度も掛け違えるボタン。
見計ったかのように、俺の指先に藤ヶ谷の指先が重なる。


Ｆ「……だよね、付き合ってるんだから。」


その微笑みの理由がわからない。
曖昧に笑みを浮かべながら、俺の代わりに藤ヶ谷の指先がスムーズにブラウスのボタンを留めていく。
きっちりと首元まで締められて、俺から離れていく藤ヶ谷。
壁際に背中を預けて、こっちをジッと見つめてくる。
ただただ無言で見つめてくる藤ヶ谷に耐え切れず、クルッと背中を向ける。
はぁぁ、と深いため息を溢して、衣装のタイを手に取る。


藤ヶ谷のことがわからない。
何でそんなことを言うのか、何で今、俺の目の前にいるのか。
痛いほどに、静かな空気。
物音ひとつが許されない程の流れる沈黙に、息をすることさえ躊躇われる。
そんな空気の中で、遠慮がちに藤ヶ谷の声が響いた。






Ｆ「北山って、俺のことが好きなんじゃないの？」





藤ヶ谷の口から出た「好き」と言う単語。
今の今まで辛うじて、避けて通ってきた筈なのに、何で今、避けられなかった？
いつかは、突き付けられると頭のどこかでわかっていた筈なのに。
何で今、こんな逃げられない場所で。



藤ヶ谷の言葉を背中で受け止めながら、握りしめていたタイをようやく首元に回す。
カチャッとはめこみながら、衣装を整える。
手持ち無沙汰になってしまった手をどうにか誤魔化しながら、何もかも知らないフリして、声が震えないように吐き出す。




「……言ったじゃん、もう忘れたって。」




放った言葉に、またシンと静まり返る。
振り返ることも出来ず、早く出て行ってほしいと願いながらジャケットに伸ばした手が止まる。
次の藤ヶ谷の言葉にズキンと胸が痛む気がした。


何で今更、そんなこと。

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