蜃気楼12 ページ12
宏「A!」
病室の扉が勢いよく開けられ、私は読んでいた小説から目を離した。足音の方を見ると、額に汗を浮かべた宏光君がいた。
「どうしたの宏光君、仕事中じゃなかったの?」
宏「お前、事故にあったって聞いて...飛んで来た」
「まさか、それを聞いて仕事抜けてきたの?」
首を縦にぶんぶん振る宏光君。
私は近くにあったパイプ椅子に座るよう促し、冷蔵庫の中の水を渡した。
宏「で、どうしたんだ」
「買い物に行こうとしたら車にはねられたの。脳とか内臓には異常ないみたいだけど、足骨折して」
そう言って布団を上げて、ギプスでがちがちに固められた左足を見せる。しばらくは松葉杖生活になりそうだ。
宏「あぁ...骨折で済んでよかった...」
宏光君は体から力が抜けたように声を出し顔を両手で抑えた。
リアクションが面白くて思わず笑ってしまうと、宏光君は顔を上げて「俺めっちゃ心配したんだからな!?」って必死な顔して主張してくるものだからまた笑い出してしまった。
「仕事抜け出してくるなんてびっくりした。他の人大丈夫なの?」
宏「多分。藤ヶ谷とか横尾さんが何とかしてくれてると思う」
「そっか、迷惑かけてごめんね」
宏「迷惑とか、言うなよ」
宏光君にそっと右手を握られる。
ちょっと掠れた声が寂しげで、でも優しくて。
宏「俺、頭真っ白になったんだ。お前が事故にあったって聞いたとき。お前いなくなっちゃうって思ったらすごい怖くて」
「うん」
宏「でも生きてたし、ちゃんと俺のこと分かるし。安心してる」
「うん」
宏「だから、お前に何かあった時俺が支えるのは別に迷惑じゃない。メンバーもきっと支えてくれるから。だから迷惑とか思うなよ」
私はどこまでいい人を彼氏にもらったんだろう。
宏光君が帰ってしまったあとも、右手の温もりが忘れられないまま、また小説を読み始めた。
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作者名:きのこ丸 | 作成日時:2018年7月1日 22時