破れた傘にくちづけ-クジラとペンギン-（緑紫）

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初めてここに入った時はソファなんかなかった。


なんかこだわりのありそうな調理器具と食材、それに大量のスパイスだけが場所を占領している部屋は、いくらカレーを作るだけの場所やって言うても椅子のひとつもなくておかしいところだらけ。

あんたは一体いつどこで休憩してんのよ。


気まぐれに「立ってカレー食うのなんか嫌や」ていうたら、次来た時には狭いところにぎゅうぎゅうにソファが準備されてて

俺のために準備したんかと思ったらまたちょっとキュンとなったし、いつ来てもちゃんと俺のためにご飯が準備されてて、「ちゃんと食べてるか」とか「ええからちゃんと休め」とか、いちいち世話を焼かれんのはうっとおしいけど嫌いやなかった。




忠「カレー屋、俺のことめっちゃ好きやん」



J「好きやで」





てっきり「ヤクザなんか好きになるかいな」「タツが来なくなったらみかじめ料値切れへん」とか言われるんやと思いこんでいた俺は絶句した。


今まで生きてきて、俺のために準備された場所はどこにもなかった。

母親と住んでた狭いアパートにも
父親と継母が住んでるでかい屋敷にも
学校にも、組の事務所にも


このカレー臭いやっすいソファ以外は。



俺に初めての居場所をくれた人。

俺を海から引きあげてくれた人。



思春期を通過するにあたって、自己分析は済んでいる。
いちいち認めんのも癪に障るけど俺は愛情に飢えてるから、俺のタイプは世話好きな年上や。

俺は女の子が大好きやから、断じてそういう意味ではない。ないけど。





忠「…なあ」



俺も、あんたのこと好きやわ。



心ん中でおそるおそる言うてみたら、それはすとんと俺の胃の腑に落ちた。



カレーを食いに来てたんやない。

いや、カレーも目的ではあったけど、それだけやなかった。






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