破れた傘にくちづけ-クジラとペンギン-（緑紫）

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電話したらなんも言わんとすぐ俺んとこに来てくれて

やくざの俺の事をどうしようもなく手のかかる目の離せん子供みたいに扱うカレー屋がいる所に、俺は自分の身を置きたかった



会えばいつも空は晴れていて、嫌な思い出はどっかに追いやられて体が軽くなって腹がいっぱいになって満たされるから。





でも


俺の言葉は空気よりも軽い。


口に出したらこの関係もこの場所も水蒸気みたいに消えてなくなるかもしれないのはわかっていた。



俺みたいな底辺の日蔭もんが、太陽みたいな男に向かって簡単に投げてええ言葉やない。




俺はここが無くなるのが怖い。

「タツ」と呼ばれなくなんのが怖い。



それで俺は、多分真っ赤になったままの顔を見られないようにわざとうつむきながら、全然違う言葉を吐く。



忠「“J’S Curry”のJって、なに？」

J「ジャッキーのJやけど。今更やな」




忠「ジャッキー」


口に出してみたら、なんでか俺はその名前をずっと前から知っていたような気になる。




ジャ「タツ」





ジャッキーは俺の方を向いて、いつもの顔でへらっと笑った。




カレー屋とやくざが、ジャッキーとタツになっただけ。



それだけで、なんとも言えん気持ちになった。


本名では無いやろうとは思ったけど、なんなら“タツ”だってカレー屋が勝手に呼んでるだけやけど、それでも一歩踏み込んだ気がした。俺から。



じめじめした世界が、乾いてあったかく温まっていく感覚。



こんなの知らんかった。
俺の生きてきた記憶の中にはこの感覚にあてはめられる言葉がない。


なのに、懐かしい感じがするのはなんでやろ。





この気持ちは、絶対口に出さない。








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