破れた傘にくちづけ-動物図鑑-

6 ページ45

.





朝ごはんを食べながらスマホを確認すると、職場から「出勤したら事務室に寄るように」という連絡が来ていた。
もしやペンギンたちに何かあったのかと思って、ちょっと早めに出勤することにする。

生き物の世話には勤務時間はあまり関係がなくて、早出や残業なんて当たり前。
でもそれを苦に思ったことはなかった。

急いでご飯を詰め込んで、準備をして部屋を出る。


玄関先で棚の上を仰ぎ見て、心の中でいつもの挨拶。


いってきます
神様、もう一度会いたいです





職場に着いて言い渡されたのは、私の異動の話だった。
水族館が来期大幅なリニューアルを行う事は事前に聞かされていた。
そのために専門のコーディネーターを呼んで打ち合わせを重ねている事も。



大好きなペンギンたちと一緒に、ここまでやってきたのに。
水族館の飼育員を目指した時から私の一番はずっとペンギンで、だから今の配置から動かないでもいいようにペンギンたちの身の回りの事は何でも率先してやったし自分なりに勉強もした。
館内では私以上にペンギンの事を把握している人はいない、はず。

そうしておけばずっとペンギンたちのお世話を続けられると思っていた。


「みんなに何かあったんじゃなくて、よかった」


プールの縁で、だんごのように丸まって暖を取っているペンギンたちを見ながら自然に口をついて出た言葉は、誰にも届かないでプールの上の空気に溶けた。

不意に涙が出そうになって、空を仰ぐ。



神様
私、どうしたらいいでしょう







翌日からは引き継ぎ作業。
新しくペンギン担当になるのは外部から来た経験者の人で、私とは知識も経験知も比べ物にならないほどすごい人だった。

後悔することばかり。

この前神様に怒られた通り、私は目先の事ばっかり考えてペンギンたちに一番いい方法を取れていない事を思い知らされた。
試行錯誤の出たとこ勝負。大事な命を預かっているのにそんなことでいいわけがない。

この人にだったら安心してペンギンたちをお任せできる。

ちゃんと、ペンギンたちに一番いい環境を準備してくれると思う。




本当の事を言えば、寂しかったし悔しかった。
でも、もう決まったことだし、私の気持ちなんか一番どうでもいい、とるに足らないことだ。



引継ぎの期間は、あっという間に終わって

私は翌月、ペンギン担当からクラゲの研究室に異動になった。







.

7→←5

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す