破れた傘にくちづけ-動物図鑑-

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◯sideA




私の朝は早い。


職場の水族館はシフト制の8時間勤務でシフトによってはゆっくり寝坊できるけれど、私の起床時間は毎日だいたい同じ。起きてからの行動も決まっている。

ベッドを出たら、カーテンを開けて天気を確認。そして朝の挨拶。


おはようございます神様
一日ペンギンたちと無事に過ごせますように


お湯が沸くのを待つ間に、顔を洗って歯磨きをしてシンクに残った食器を片付けて出しっぱなしの洗濯物を適当に脇に避ける。

コーヒーを淹れて、果物を3等分してお皿に乗せて、大きめの一つはテーブルの上に。
あとの小さい2つはお兄ちゃんの写真の前と、その隣にお供えする。




私が小さい頃に亡くなった兄は、優しくてかっこいい自慢の兄だった。

幼かったので記憶は断片的にしかないけれど、兄が不慮の事故で亡くなるまで私はお兄ちゃんにべったりだったらしい。

「お兄ちゃんはお空の上の神様の近くに行った」という親の言葉を信じて、幼かった私はお空の上の神様とお兄ちゃんに向けてたくさん話をした。お願いもしたし愚痴も言ったし、本当にお兄ちゃんが聞いたら赤面するだろうと思うような事も逐一報告していた。


大人になったらさすがに言葉は選ぶようになったけれど、そんなわけで私は返事をくれない何かに心の中で話しかける事に慣れている。

それはお世話をしているペンギンたちだったり、職場の水族館の前に立っているクジラの銅像だったり、テレビの中のアイドルだったりするのだけれど。



最近の相手は、もっぱらイワトビペンギンさん。


うちの水族館にイワトビペンギンはいない。
だけど、この前水族館でちょっとしたアクシデントがあって、その時私は確かにこの目で一羽のイワトビペンギンを見たのだ。

そして話しかけられた、ていうか怒られた。


私の他にイワトビペンギンさんを見た人はいなくて、話しかけられた人ももちろんいなくて、だから私の幻影で幻聴だった可能性が高いけれど、それはあまりにもリアルだったし、実は手元には物証も残っていた。


黄色い飾り羽。

これがある限りイワトビペンギンさんは実在したのだ、確かに。

イワトビペンギンさんがいたところに落ちていたそれを、私は持ちかえってお兄ちゃんの写真の横に大切に置いた。


もしかしたら私にだけ見えていたあのペンギンさんは、お兄ちゃんの生まれ変わりか、あるいはペンギンの神様じゃないかと思っている。





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