【中原中也】純真無垢乙女なのでキスできない【文スト】

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それとは少し前のA。
　ミチコちゃんから言われた言葉を反芻していた。旅行の話である。
　たしかにメッセージをひとつ送れば簡単に中原へ連絡できる。どうせあの人は深く考え込んだり一時の羞恥心だったりを引きずる様な人でもないからすぐに返事が来るだろうし、一週間とは言わずとも数日程度であれば休みも合わせて取ってくれるはずである。
　けれどそのメッセージが送れない。

　Aはベッドの上で深く項垂れた。もう数十分、考えたメッセージを送れず仕舞いでこうしている。あとは送信ボタンをタップするだけで、とんとん拍子に中原から連絡が返ってきて楽しい旅行計画を立てるだろうことが目に見えているというのに。
　こういうときのAは本当に役立たずであった。男の方から言い寄られた・誘われたことしかないがために、自分から動くときに必要な あと少しの勇気が出てこない。
　悩むばかりで行動を起こさないのが悪手なのは本人も分かっている。現状維持は衰退、まさに言葉の通りである。けれど乙女の方から殿方にお誘いの連絡だなんて、交際前とは状況が違うのだから。旅行となれば、あんなキスだけで終わるはずも、ないのだし───・・・

　しおらしく考えていても結局はAである。ミチコちゃんの言う様に中原と二人で旅行できたら楽しいだろうとは思うし、今送らずとも問題を先延ばしにしているだけ。これが仕事ならば自分は迷わずにさっさと連絡をしている局面である。
　と考えれば善は急げ。

　休暇の打診の前に、まず先の失礼を謝った方がいいのかしら。突き詰めて言えば嫌なはずがないのに、驚きと羞恥で必要以上に嫌がってしまった。きっと彼も少しは傷付いたはずである。だとすればメッセージなんかで軽く謝ってしまうのは更に失礼ではなかろうか───
　と考えたAは、用件は面と向かって言った方が良いと判断し、ひとつのメッセージを中原の携帯に残した。

A大事なお話があるので、お時間をとっていただけますか。

　30分ほどして返事があった。

中原明明後日、昼に行く

　これ以上話を続けても意思が揺らぐだけだわと、Aはそれに返事をせずメッセージアプリを閉じた。

　どっと疲れが押し寄せて、Aはベッドに横になる。女が夜に大きな決断をするものじゃないわね、と小さく呟いた。

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