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「…ひ」


 卑怯だわ、とAは泣いた。
 間違えて下界に落ちてきてしまった天女かと見まごうほどに美しい。ほろほろと涙を流して、普段のように吠えることもせず、ただ困ったように眉を下げた。
 中原はまさかAにこうも弱々しく泣かれるとは思わなかったのか、「なんだよ、」と驚いて身を引いた。ベッドに沈んだAは目尻を涙で濡らしながら、中原に向かって「さいていよ」と嗚咽の混じった舌っ足らずな声で言った。


「酷いわ。私、まだ入院中なのに。身動きだって自由にとれないのに」


 鼻をすすって呟く。


「それに私。前に、キスは初めてって言ったじゃないのよ!」


 無理して力を入れながら、Aがベッドから起き上がる。上手く動かないのかガタガタと肩を震わせながら身を起こし、傍に落ちていた枕を力に任せて中原へ投げた。勿論弱い力で投げられた枕は中原には当たらず、的外れにも程がある場所へ情けなく落ちた。
 中原は落ちた枕を拾い、それをAの横へ置き直した。Aは未ださめざめと泣きながら、とうとう中原から目を逸らす。見れば彼女の顔は耳まで赤くなっている。
 中原は「ハン 強い口叩くが照れてるだけじゃねェか」と分かったので、途端に自信を取り戻すとAを抱き寄せようと手を伸ばす。いや───そうとしたのだが。


「ッッッゴ」
「恋人様だかなんだか知りませんけれど、Aさんは今“絶 対 安 静”が必要ですのよ。それを何です貴方は」
「ッグゥ」


 後ろから般若の顔をして現れたのは看護師長である。
 この病院で一番偉いのは院長ではない。まして医師でも、患者でもない。たとえマフィアの患者であろうと、そんなもの何のアテにもならない。ここでの絶対王政は「看護師長」であるのだ。
 看護師長こと田中みえ子(53・♀)はあろう事かポートマフィアの幹部殿へ鉄拳を食らわし、フンと鼻を鳴らした。


「いいですかAさん貴方もねエ、治したいならジッとしておくの!!」
「は、はひ」
「面会時間もとっくに過ぎてるのよっ、早く帰んなさい!」


 そんなこんなで追い出された中原。因みに尾崎は、もう大分前に空気を読んで退出済みである。部下に回させた車で一足先に帰りつつ、Aと中原の惚気に対する愚痴を肴に飲んでいるのであった。

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落蕾 - 沢山更新されていて、歓喜しました!一話一話に文字数も多いので、読みごたえがあって、やっぱり大好きです!これからも応援してます! (4月5日 0時) (レス) @page28 id: 32354343cf (このIDを非表示/違反報告)
アボカドサラダ(プロフ) - 落蕾さん» いつもコメントありがとうございます。今回はまだ明るいお時間にお読みくださったようで、安心しましたᵔ-ᵔ 今後ともよろしくお願いいたします。 (12月20日 18時) (レス) id: cf05fdb6e7 (このIDを非表示/違反報告)
落蕾 - 更新して頂き、ありがとうございます!!おかげさまで、喉が潰れるまで叫びました!!とても面白かったです!これからも応援しています! (12月19日 15時) (レス) @page19 id: 32354343cf (このIDを非表示/違反報告)
アボカドサラダ(プロフ) - りんねさん» コメントありがとうございます。いちばん好きだなんて、とても勿体ないお言葉です( ; ; ) これからも応援していただけると嬉しいです。 (12月16日 20時) (レス) id: cf05fdb6e7 (このIDを非表示/違反報告)
りんね(プロフ) - いちばん好きです!!!応援してます!!! (12月16日 19時) (レス) @page17 id: daaae51289 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:アボカドサラダ | 作成日時:2022年10月10日 14時

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