声 ページ3
車に乗って、20分ほどでその会社に着いた。
大きなビルだった。目の眩むような高さのビルだ。こんな立派な会社で営業なんて、私の身の丈に合っていない気がした。きっと社員だって、私とは違う身分の人間たちなんだろう。
「他に好きな人ができたってどういうことなの?」
車を停めて降りた瞬間、背後から甲高い女の声が聞こえた。
受付の制服を着た彼女は、すごい剣幕で受話器越しに訴えている。通りがかる社員も、興味津々の眼差しだ。私もその一員だった。
「なんでなの?私よりその子がいいの?理由はなに?ちゃんと説明してくれないとわからない」
必死に問い詰めるその後ろ姿が哀れで、悲しくて、私は目を逸らしたくなった。
まるで、昔の自分を見ているようだったからだ。
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浮気されていると気づいたのは、連絡が取れなくなってからだった。自分でも、相当鈍感で察しの悪い女だと思う。
学生最後の夏だった。大学四年生だった。
当時付き合っていた彼は、しれっと他のサークルの可愛い後輩に乗り換えていた。
散々一緒にいたい、一緒に暮らそうなんてロマンティックな愛を語っていた割には、男は簡単にその愛を捨てられるのだと知った。
私は、彼がちゃんと好きだった。
小さい頃からすぐに考え込むのが癖で、一度その世界に入るとなかなか抜け出せないのが悩みだった。自分を下げて、全てマイナスに捉え始めるのだ。
浮気が発覚した日、私は周囲にそれを告白しなかった。
浮気された側に汚点があるという価値観が、私を縛りつけていたからだった。
「お前さ。どしたん今日」
サークル内で1人考え込んでいる私に声をかけてくれたのは、廉だった。
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挨拶しに行かなきゃ行けないな、と我に帰って彼女を脇目で見たが、野次馬根性を剥き出しにした若い男性が多くいた。
甲高い声で言い合いをする彼女が一旦会話をやめたその時、声がした。
「お前らさ。早く飯行くぞ。聞いてやるなよ、あんな話」
聞き覚えのある声だった。
聞き間違いだと思った方が自分にとっては都合が良かったし、幸せな気もした。
その声の方に顔を向けた時、
時が止まった。
「牛丼いこうぜ。俺が奢るわ」
ずっと会いたかった、廉がそこにいた。
質の良さそうなスーツを着こなし、きちんとセットされた髪型の廉が、
間違いなく、そこにいた。
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作者名:ゆみ | 作成日時:2020年6月30日 20時