28．酸味と苦味。 ページ28
.
陽を浴びて光るその茶髪を見紛う筈はなくて、
なんでここに、と立ち上がろうとしたはずの膝が動かなくなる。
「そこ、いい？」
と私の隣に並ぶ2名席をさして、店員に会釈してこっちへ来る。
いつもならコツコツ音を立てるはずの先生の靴は、今日はスニーカーで、
擦るような音と共に、床板の軋む音が響く。
私の隣に座った先生と、着いてきた店員さん。
彼女はメニュー表を持っていなかった。
きっと先生はいつも来ていて、メニューの内容を把握しているんだろうな、と思った。
「いつものでいいですか？」
と聞いた彼女に、先生は私にいつも見せる方のゆるゆるした顔で「うん、いつものでいいです笑」と微笑む。
先生は何も言わずに立ち上がって、本を数冊取ってきて、机にそれを置いて座った。
灰皿を引き寄せて煙草に火をつけた先生は、私にその中の1冊を差し出す。
「多分これ面白いよ」
それは薄すぎず、厚すぎない装丁本。
細いリボンのような栞が付いていて、表紙は黄色。
聞いた事のない作家の名前に、不思議な絵が真ん中に描かれていた。
作品のジャンルも分からないまま、
「ありがとうございます。」
とそれを受け取る。
「なにたのんだの？」
「あ、っえっと、」
片付けられてしまったメニュー表を見ないと、豆の名前が思い出せなくて、あるはずのない机の上を見つめて吃る。
「店員さんに、おすすめ頼んで…」
「あ、俺と一緒だ〜。酸味か苦味か訊かれたでしょ」
「酸味で頼みました。」
「俺は苦味派〜」
先生はいかにも苦そうな煙草を、眉間に皺を寄せながら蒸かして、人差し指で煙草を叩いて灰皿に落とした。
「お待たせしました〜」
店員さんが小さな丸いテーブルの上に、カップとソーサーを置く。
「砂糖とミルク、お使いですか？」
本当なら欲しかったけど、せっかく頼んだし、ちゃんとこの珈琲を味わってみたくて、
「大丈夫です」
と断って、また珈琲に目を落とした。
吸い込まれそうな黒い液体に、ほんの少し透明感があって、白く湯気がたってる。
この暑い日なのに、全然嫌な感じはしなかった。
「飲めんの？カフェラテ派だと思ってた〜」
と隣でおどけた先生に、なんとなくむかついて、
「飲める。」
そう言いきって、カップの取手に指をかけた。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 105人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
憂(プロフ) - みやさん» みやさん。コメントありがとうございます。こちらの私情であるにも関わらず応援して頂きまして、本当にありがとうございます。これからも先生と主人公ちゃんをよろしくお願い致します( •̥-•̥ ) (2022年12月1日 9時) (
レス) @page40 id: 39a6e0a5de (このIDを非表示/違反報告)
みや(プロフ) - 憂さん、はじめまして せつと申します。人生最大ゴタゴタの中素敵なお話を紡いでくださりありがとうございます。スローでもよきよき♪待ってますので 憂さんのペースでどうぞ。いい子で次のお話待ってますね。 (2022年12月1日 9時) (レス) @page40 id: a88f73c135 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：憂 | 作成日時：2022年11月4日 3時
