[1]小瀧望、無期限の芸能活動休止します (ページ33)

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「………望くんまで心配になっちゃダメだよ」

「Aさんの心配を軽くさせてます。」

「………でも、少し落ち着いた。ありがとう。

毎回売れるたびに不安になる。

慣れてるはずなのにね、慣れないんだ。」

少し落ち着いたAさんは、

そう言って俺の手を離した。

俺とAさんの間を海風が吹き抜ける。

温かかったはずのAさんの温もりは、

その風によって少しずつ名残惜しそうに冷えてくる。

近くにあるベンチに座ると、

Aさんはリュックサックの中から赤い手帳を取り出した。

俺に見せる。

「障害者手帳……。」

「私は突発性難聴なの。

原因も分からなければ、治ることもない。」

突然打ち明けられて戸惑う俺を

Aさんはチラッと見てふうぅーっと、

ため息をついた。

「望くんの声は聞こえなければ、

自分の声すら聞こえない。」

Aさんが目線を下に落としながら続けた。

「楓は物心ついた頃から手話が身についてる。

サヤカさんは亡くなられたお父様が私と同じ難聴だったから、手話を使えるの。」

　

　

Aさんの俺だけに取った不思議な行動も合点がいく。

夜に楓のことで何かあったら自分ではなくサヤカさんを呼んでと言ったのも、

きっと自分と俺とじゃコミュニケーションの壁が生じてしまってなかなか本題に入れないから

　

俺が話している途中に自分が話し始めてしまうのは、

俺の声が聞こえないから

俺が喋っていることさえ気づけてないから。

　

「………急に打ち明けられても困るよね。」

「…全然。」

「不自然だったと思うけど

望くんと会話ができていたのは、

望くんの見えないところで

楓やサヤカさんが手を動かして通訳してくれたからなんだ。」

　

　

薪風呂で楓を抱っこして家に戻ろうとした時、

楓がモゾモゾと動いたのは、

夕飯ができたということをAさんに伝えるためだったのか。

そして、Aさんが俺に疑問符をあまり投げかけなかったのは、

俺が答えたとしても

Aさんには通じないことが分かっているから。