理由 ページ6
「中学の時ね、うちの隣の部屋に若いカップルが入ってきたの。
そこの二人はまだ二十歳だったのに、すごく礼儀正しくて、優しくて、ご近所さんからも若いのにいい子だねって評判だった。私もすごく仲良くなって、学校帰りに寄ったり、何かあったらそこの家に家出したりしてた。
引っ越してきて半年くらいしたときかな、お姉さんが、赤ちゃんができたよ、三か月だってって嬉しそうに話してくれて、何故かうちでお祝いパーティーをしたりもした。まだ生まれてないのにね。」
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そこまで話すと、表情が少し暗くなった。
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「でも、それから少しして、お姉さんの体に癌が見つかった。凄く厄介な場所にあるんだって、手術は難しいんだってお兄さんが教えてくれた。
摘出するには赤ちゃんを諦めなきゃならない、赤ちゃんを産めるころまで待っていたらもう助からないかもしれないって。お兄さんはお姉さんを選ぼうとしたけれど、お姉さんは自分より赤ちゃんを選んだ。そんな選択、漫画やドラマではよく見るけれど、現実に見たのは初めてだったよ。
赤ちゃんを出しても大丈夫な時期になったときには、もうお姉さんの体は限界だった。赤ちゃんは無事に取り出されたけれど、生まれて一か月もしないうちにお姉さんは死んじゃった。
でも、ちゃんと生きている赤ちゃんを見たときのお姉さんのあの顔は忘れない。
お姉さんね、自分も病気で辛いはずなのに、赤ちゃんに向かって言ったんだ。生まれてきてくれてありがとうって。息を引き取る直前にも同じことを言った。
こどもって、お母さんにとって希望なんだって、そのとき思ったんだ。」
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意志の宿った強い目で、まっすぐ前を見て話す。
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「赤ちゃんという希望が誕生する、一生で一番大切な瞬間をお手伝いできる。それは、責任は重いけれど、とても意味のある素晴らしい仕事だと思う。」
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だから産婦人科医になりたいの、と、彼女は笑った。それは今まで見てきた中で一番綺麗な笑顔だった。
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豆娘(プロフ) - にしさん» 遅くなってすみません。ありがとうございます、ありがとございます。もともと原稿用に書いていたので、こういうサイトのだと読みにくくなるかと懸念いたしておりました。嬉しいお言葉、本当に、本当に、ありがとうございます!! (2012年7月30日 19時) (レス) id: 1e72e96e25 (このIDを非表示/違反報告)
にし - ヤバいです!!!涙腺がピンピンのはずの私が号泣しました;; (2012年7月5日 14時) (レス) id: 8cdf065869 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:豆娘 | 作成日時:2012年4月20日 15時