手のひら 銀時side ページ2
「こんな雨の中何やってんだ、風邪ひくぞ」
なんて声をかけようか悩んで、そんなありきたりな言葉しか思い付かなかった。
風邪をひくとか、雨の中とか、それ以前に言うべきことがある気もしたが、仕事明けで疲れ切っていたのか頭はうまいこと回ってくれていなかった。
女は俺の声に少し肩をぴくりとさせると、ゆっくりとした速度で瞼を持ち上げた。
濡れそぼった前髪から覗いたのは、黒く、けれど何処か、その瞳の奥まで透き通りそうな、純粋そうな目。まるで子供みたいな。あどけなく、この世の汚いものを知らなそうな、綺麗な目だった。
目を開き、ボーっとしている様子の女は、暫し目の前の虚空を眺めてから、またゆっくりとこちらを見て、俺のことを認めた。
目が合って、ソイツが俺を見据えたとき、あ、と思った。
――俺はきっと、コイツのことをこのままにしておけないだろうな。
そんなよくわからない予感がした。
流れるように俺はソイツに傘を傾け、雨から遠ざけようとした。
雨が俺を濡らしていく。冷たい水が俺の頭から肩から身体へと伝っていくのが分かった。
妙な感覚だった。黒く無垢なその目を見ていると、なんとも言えない、むず痒いというか、変な感覚に陥る。ただただこの女がこれ以上雨に濡れていく様を見ていたくなかった。
女はじぃと俺を見つめている。俺もその目を見つめ返していた。
すると女が口を開く。小さな唇が、微かに湿った空気を吸ったのが分かった。
「……おなか、すいた」
聞こえてきた声は小さくも俺の耳に届いた。
本当に子供みたいに、ゆらゆらと揺らめくような、舌足らずで、幼い声色。
助けを求めていることだけは分かって、俺は思わず口にした。
「……取り合えずうち来い。話はそれから聞く」
どうしても、このままこの女をここに置いて行くことが出来ず、俺は手を差し伸べた。女は俺の手を不思議そうに見て、一度俺の顔を見て、そうしてやっと手を伸ばし、俺の手を取った。
冷たく、小さくて、温度が感じられなかった。雨でびしゃびしゃになった手のひらは弱い力で俺の手を頼りなく握った。
俺を見つめるその目からは感情が伺い知れない。
静かに、俺という人間、というよりは俺という物体を見ているかのようだった。
「立てるか」
と言うと、女は立ち上がり、俺が歩き出すと女もそれに倣うように歩き出した。
歩きながら、女はその手を離すことはなかった。
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ぽぽぽ(プロフ) - 神作品に出会ってしまった…更新楽しみにしてます (1月29日 10時) (レス) @page4 id: 84325108d2 (このIDを非表示/違反報告)
ヤマダ電機(プロフ) - ピピコさんの作品とても好きなので、新作が出て嬉しいです、更新楽しみに待ってます🥰 (12月13日 19時) (レス) id: 7a7cca59ad (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ピピコ | 作成日時:2023年12月4日 18時