落花流水

37 ページ37

頬は冷たかったのに、彼の唇は驚くほど暖かい。

その唇は、ゆっくりと外されて、

「ハグしていい？」

甘ったるくそんな言葉を吐いてきた。

ハグしていいか聞かれたのなんて、初めてかも。

聞いておいて結局、返事も聞かないままやんわりとハグしてくるとか。

なんだか、今日の彼は変だ。

いつもより余裕がない感じに思える。








「なんかさぁ…」

耳元で、彼の声が聞こえてくる。

私はわざと返事をしないまま、彼の肩先に頬を寄せた。

「俺って、ちゃんとAの彼氏、できてる？」

珍しく彼の口から、そんな弱気な言葉が飛び出してくる。

「Aは我慢してたりしない？」

弱気な言葉のくせに、その言い方は完全に甘えてるモードな声。

わかってないな。

こんな甘ったるい北山宏光を見れるのは、全宇宙で私一人だけなのに。

我慢どころか、もらい過ぎてて困るくらいだよ。

「我慢なんかしたことない」

そう答えてんのに、

「本当に？」

疑り深い彼の声。

これはもっと欲しがってるんだろうな、彼が安心できるような言葉を。







「それより私も、ちゃんと彼女できてる？
我慢してない？」

そう聞き返したら、ふふっと笑う彼の声。

その声に耳元をくすぐられて、どうにかなりそう。

「まさか
我慢どころか、満ち足りててヤバいくらい」

「本当に？」

「本当
Aがずっと家にいてくれたらいいのになあって、思うくらい」

何？その意味深な言い方は。

同棲の申し込み？

それとも、結婚を匂わせてるとか？







「でも、やめとく」

なのにあっさり、彼はさっきの言葉を自ら撤回してしまう。

「Aがずっと俺の部屋にいるようになったら、俺、絶対に依存しまくって嫌われちゃいそうだから」

「依存って、どの程度？」

「どうだろ…
まあ、プライベートの全てがAになっちゃうかもね
俺ね、最近友達とあんま遊んでないんだけど」

「そうなの？」

「全然遊んでない
毎日のように友達とごはんに行ったり、サウナだの行ったりしてたのに
最近は断ってばっかだから、付き合い悪いって言われてる」

ほらまた、耳元でくすくす笑う。








「もうAだけいればいいかな、とか思っちゃう自分が怖いっていうか」

前に彼が言ってた「恋愛にパーセンテージ取られる」というのはこういうことなのかな。

だけど、私だけに見せるそんな素顔を、ただひたすら守ってあげたいと思う。

決めた！

私は北山宏光のプロ彼女になる！！

38→←36

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す