花朝月夕

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『Aちゃんは？
どんな部屋に住んでんの？』

「…普通のワンルームマンション
学生時代からずっと住んでて、家賃は安いけど駅から遠くて古くて、けっこう壁が薄い」

きっと彼からは想像もつかないような、庶民の古いマンションだよ。

私がここから引っ越せないのは、ポスドクの給料が安いのと、まだ将来の道を決めてないせいでもあるんだけど。







だけどそんな甘重たい時間も、とうとう終わりの時間が来てしまった。

だいぶゆっくり歩いたはずだったのに、とうとう我が家が見えてきてしまい、

仕方なく私は、彼にお別れの言葉を告げた。

「無事、マンションに着きました
電話していただいて、ありがとうございました」

わざと他人行儀に。








なのに彼はそんなこと気にしてない風で、

『じゃあ、金曜日
待ってるから』

テレビで聞くよりワントーン低いイケボでそう告げると、あっけなく電話を切った。

部屋に入った私は、玄関先でぼーっと立ち尽くしては、さっきの出来事を反芻中。

何だったんだろう…、今の一連の出来事は。

てか、あの人は本当に北山宏光だったんだろうか。

手にしっかり握られていたスマホを開いてみるけど、そこにはやっぱり『北山宏光』の連絡先が入ってて。

これが現実だってことに気付いて、手の震えが止まらなくなった。

どうしよう。

もう無理なんだって。

彼のことを好きにならないわけないじゃん。

私の知ってた北山宏光と、たまに目の前に現れてくる北山宏光は、別人のように思える。

だけど今は、現実の北山宏光の方に惹かれてしまうんだ。







とりあえず精神を立て直して、シャワーを浴びて部屋に戻ったら、

薄暗い部屋の中、スマホの通知音が響いた。

『帰ったよ』

一言だけの、彼からの短いLINE。

どう返そうかと悩んでるうちに、次のLINEが届く。

『おやすみ』

たった4文字のこのメッセージが、こんなに重たく体に響くなんて、思ってもみなかった。









こんな時、誰かに今すぐ相談したいところだけど、霞さんにも朋にも話しにくいし。

だけど私の所在をバラしたのは朋なわけで。

もう時刻は深夜2時を回ろうとしていたから、

『朋の裏切り者』

の一言と、くまが怒ってるスタンプを送信しておいた。

大体、もう北山さんとは会わない方がいい的なことを言ってたくせに、何でそんなことしちゃうかな。

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