花朝月夕

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「だめ」

どうせ私が拒否したって、彼は強引に電話してくるんだろうけど。

一応、抵抗の言葉は言っておく。

『そう？簡単に登録してくれたくせに、俺の番号』

そんな意地悪なことを言いながら、

彼が足を止めたのが、通り過ぎて行く車越しに見えた。

『雨、強くなってない？
大丈夫？
あと、どれくらい歩くんだっけ』

「あと３０分くらいかな」

『けっこう遠いんだね』

「もう帰ってもいいですよ」

本当は裏道を使えば、もっと早く帰れるんだけど。

わざわざ彼が送ってくれるって言うし、私ももっと話がしたかったから、

つい遠回りの道を選んでしまった。









『いいよ、別に
酔い覚ましにちょうどいいし』

「そういえば、北山さんに会う時っていつも酔ってません？」

『そうかも
そっか、いつもリラックスして楽しい時にAちゃんに会ってるから、また会いたくなるのかもね』

そんな腰が砕けそうなことを言ったくせに、

『でも酔ってなかったら俺ら、こんなに話せるようになってなかったかもよ』

とか、正論をかましてくる。

確かに、私は酔わないと彼とまともに会話することすら無理だったと思う。

『だから電話するね、Aちゃんに
酔ってる時も、酔ってない時も』

ずいぶん意味深な言い方だな。

もしこれを自然に言えてるんだとしたら、彼はとんでもない罪作りな男だ。

だけど私はこんな彼のリップサービスも、真に受けないようにしてあげる。

全部を受け止めてたら、きっと身が持たないだろうから。









雨はどんどん激しくなっていき、

『あーあ、金曜日にまた桜を見に来ようと思ってたのに
この雨じゃ、満開になる前に散っちゃうかもね』

彼はそんなことを呟いた。

「大丈夫
満開前の桜は強いから
ただ、満開してしまうと花弁の離層が始まって、雨や風などの衝撃で簡単に落ちてしまうんだけどね」

『離層…？』

「簡単に言うと、花と茎を接着している部分が老化してしまうことかな
受粉が済むことで、離層が始まるから
あと温度も重要で、低温が続くと離層が進まないから花が長持ちするんだけど、
今年は気温が低いから、まだ大丈夫かも』

そう一気に説明したところで、彼が黙り込んでしまってることに気付いた。

…やば、専門的なことをしゃべり過ぎちゃったかも！

私的には、わかりやすく話したつもりなんだけど。

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