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瞳にも、月が映っていた。
それは空にある月より、池の水面に映った月より、今まで見てきたどんな月よりも綺麗に見えた。
いや、月を綺麗を思ったというより
(Aを綺麗だと思った、が正しいだろうか)
「おっと、A、もう少し月を見上げていてくれ」
俺の視線に気づき顔をこちらに向けたAの頬を撫でながら、もう一度上を向くよう促す。
指先で触れた頬が急速に熱を帯びていく。
「ん?…どうした?」
真っ直ぐにこちらを見る彼女の目を見つめながら、優しく微笑む。
するとお前は肩をびくりとふるわせて、何でもないですと早口で言う。
逸らされた視線は俺の頼み通りに月を見上げてくれて、また瞳に月が映りこんだ。
しかし
見上げていてくれ。
そう頼んだのは俺だが、もう少し見つめ合っていたかったな。なんて勝手なことを思った。
(ふふ、本当に可愛らしいな)
月明かりの下でも、彼女の頬や耳がほんのりと赤いのが分かった。
指の背でその頬に触れ、ゆっくりと撫でていく。
お前は目だけをこちらに向け、どうしたんですかと困ったように問うてくる。
「いや、お前は本当に可愛らしいと思って、な」
すると、彼女の口から変な声が漏れる。
そして今なんて言ったのかと聞きたげな顔で俺のほうを振り向いた。
しかし口はぱくぱくと開閉を繰り返すだけで、本当にそう聞きたいのかはわからない。
「そんなに驚くこともないだろうに」
だって。
震えた声は少し上ずっている。
「だって。…なんだ?」
「変なこと?…はて、そんな事を言ったかな?」
「俺は思ったことを言っただけだが?」
首を傾げてからかうと、お前が少し拗ねたようにしながら次の言葉を探す。
けれど反論する言葉が見つからなかったのか、しまいには口を閉じてしまった。
その様子に、思わず笑いが込み上げる。
「ははっ、すまんな。照れてしまったんだよな」
「お前の反応があまりにも可愛くてな、思わず、からかってしまった」
彼女はそんな俺の様子を見て、また可愛いなんて言う。と一層拗ねた様子を見せた。
予想とは違う反応に、笑いが徐々に止まった。
「…本当に怒ったのか?」
背を丸めて、彼女の顔を覗く。
「可愛いとは、褒め言葉だったのだが…」
「気を悪くしたのなら謝る。許してくれ」
彼女の手を取り、半ば強引に目を合わせる。
目があった瞬間に、お前は小さく笑みを見せた。
「…!」
「怒っていない?…そうか、良かった」
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作者名:不雲綺 | 作成日時:2017年7月21日 17時