月白 ページ29
名前：夜七
夜も更けてきた頃、縁側に腰を掛け、少し離れた場所に見える池を遠目で見つめる。
そこには鯉が数匹飼われており、近寄らずとも赤色のものが泳ぐ姿が見えた。
けれどそれ以上に、池に逆さまになって映る三日月がよく黒い水面に映えている。
(何処か不気味な月だが…)
空と池の月を交互に見やる。
(それもまた、いいものだ)
ぬるくなったお茶を喉に流し込み、もう一度池に目をやる。
すると、後ろからギイと木が軋む音がした。
「……誰かいるのか」
振り返り、静かな空間に俺の声を投げやる。
その声は床を這うようにして廊下の向こうに届く。
一人、少女が曲がり角から顔を覗かせた。
「なんだ、Aだったか」
彼女は邪魔をしてすいませんと申し訳なさそうに頭を下げる。
俺の声を聴いて、怒っていると勘違いしたのだろう。
けして怒っているわけではないのだが。
しかし、びっくりしてしまったからあそこまで警戒した声を出した。
…とは情けなさすぎて言えまい。
「いや、気にするな。…それより、こんな夜遅くにどうした?眠れぬか?」
お前はほっと息を吐くと、そうですと、夜中ということもあってか控えめに声を出す。
眠気のねの字すら見当たらないその声色に、そうかと俺も控えめに声を出しながら何度か相槌を打つように頷く。
「なら、ここに来るといい」
「少し俺と話でもしようじゃないか」
いつまで廊下に立ち尽くしているつもりなのか。
その疑問は口にせず、近寄るに近寄れないといった顔を見て、俺の隣をぽんぽんと叩く。
するとお前は少し迷ったように、えっと、と言葉を詰まらす。
「嫌だったか?」
そう問うと、そんなことは無いと慌てて声量を上げて否定される。
自分の声がでかいことに気付くと、また慌てた様子で右手を使い口を覆った。
「そうかそうか、それは良かった」
「さあ、おいで」
お前は恥ずかしそうにしながらこちらへ寄ると、失礼しますとかしこまりながら腰を下ろした。
「今日はよく晴れていたから、月がよく見えるだろう」
月の輪郭がはっきりとしていて…はっきりしすぎていて、暗闇の広がる空に浮かぶそれは何処か不思議な雰囲気をまとっていた。
それを彼女も感じ取ったのか、小さな声でちょっと不気味ですねと先ほど俺が思ったことを口にした。
月から視線を逸らして空を見上げる彼女の横顔を見つめる。
月明かりに照らされた表情は少しあどけなさが残っていて、
(…おや、)
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作者名：不雲綺
| 作成日時：2017年7月21日 17時
