〃 ページ21
「…先輩は、よくここに来られるんですか?」
数歩前に出て、水面に目を移したあなたにそう問うと、一人になりたいときにね、と返事が返ってきた。
その声を聴いて、ベンチに座っていた時の憂いを帯びた表情と、ここに来る前の悲しそうな笑顔が脳裏に浮かぶ。
何かあったのか。
聞こうと思ったけれど、目を伏せた横顔を見て言葉を詰まらせた。
(…綺麗…)
ゆっくりカメラを構えて、ファインダーからもう一度その横顔を覗く。
シャッターボタンに指を置き、ピントを合わせ、
「……」
カシャリ。
音に振り返ったあなたはカメラを構えるオレを少しだけ見開いた目で見た。
「すいません、勝手に」
今撮った写真の確認はせずに、先輩を見つめる。
あなたも数秒こちらを見て、沈黙を壊すように、人も撮るんだね、とようやく声を出す。
照れくさそうに笑いながら。
「普段は全くと言っていいほど撮らないんですけど…。先輩は、特別ですね」
撮りたいと思っていたのは今日だけじゃない。
いつもあなたを見るたびに思っていた。
あなたの感じているその一瞬を、あなたが視界に映っているその瞬間を、カメラにおさめたいと。
けれど勝手に撮るのはいけないと我慢し、撮っていいかと聞くのも恥ずかしく、言い出せなかった。
自分でも気持ち悪いと思う。
他の人は撮りたいと思わないのに、先輩にだけそんな強い欲望が生まれて。
…実際に彼女を撮ると、幸福感なのか快感なのか分からない感情が胸の中を支配してしまう。
様子を窺うようにあなたの顔を見やると、オレから顔を逸らしていて、水面の輝きが、彼女の瞳をキラキラとさせていた。
「……あの…、もう一回、撮ってもいいですか」
駄目。
その声に決して嫌悪感は無く、恥ずかしさだけが滲んでいた。
彼女の持つペットボトルから水滴が、容器の輪郭をなぞり砂利の上に落ちる。
「………好きです。先輩」
その言葉の時だけ葉擦れの音や蝉の鳴き声が止み、オレの声が水面の上を滑るように響いていった。
水滴を追うように彼女の手元からペットボトルが滑り落ちると、ばこばこと音を鳴らしながら砂利の上を数センチ転がる。
あなたは口を開けて、長い沈黙を終えると、「えっ?」と驚いた声を出した。
信じられないとでも言うように、彼女の表情は驚いたまま固まっている。
「そんなに驚かなくたっていいじゃないですか」
この場の空気を和まそうと笑ってみたが、声は震えていた。
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作者名：不雲綺
| 作成日時：2017年7月21日 17時
