檸檬と蜂蜜 (ページ1)

今日:11 hit、昨日:1 hit、合計:5,634 hit

1 ページ1

　
　
　
　
　
　
　

　
　
『っ、さよなら』
「待っ」
　
　
　
　
　
　
　
　

　

「カッート！」という大きな声が響き渡り、瞬時に我に返る。
虚空に伸ばしかけた手を慌てて引き、自分のミスに思わず苦い顔をしてしまった。

「藤ヶ谷くんがNG出すなんて珍しい！」

監督が珍しそうに言った。それもそのはず、実際今日までほとんどNGは出していない。
だと言うのに、台詞をトバすでもなく噛むでもなく、台本に無い行動を取ってしまうという、初歩的なNGを出したことに俺自身も少し驚いていた。

「すみません。俺のせいで止めちゃって」
「いやいや十分順調に進んでるから気にしないで。せっかくだから少し休憩にしよう！レイちゃんは今めちゃくちゃよかったから、あの感じで次もお願いね！」
「はい。ありがとうございます」

監督のひと声でスタッフが散り散りになっていく。
その様子を軽く見回してから、俺にNGを出させた張本人に目をやると、向こうもこちらを見ていたのか目が合った。
こんな初歩的なミスをした俺が面白いのか、何となく笑っているような気がしたが、その変化はごく僅かで無表情と言われればそんな気もした。

本当に何を考えているか分からない。
さっきのアレはなんだったのか。

　
　
　
　
　
　
　
　
　
　

　
今日の撮影も順調に進んでいて、今日撮るシーンは残すところ一番冒頭のシーンだけだった。
シーンや話数と撮影順が異なるなんてよくあることだし、それは大した問題ではなかった。

もう撮影が始まって2週間ほど経つが、はじめのうちは初共演の者同士で多少の緊張が感じられたものの、特に大きなミスもなく、演技をしていく中で他の出演者の演技の癖が見えてきたりと、お互いのことを知りながら順調に撮影は進んでいた。

実際、今日までのシーンを通して、ダブル主演を務める彼女の癖なども分かってきていたし、お互いを知るにつれどんどんいいものを作っていけているような感覚があった。

　
　
　
　
　
　
　
　
　
それなのに。