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side;Tachyon
レース後の興奮に任せて、Aくんを強引に抱き竦めてしまった。
流石に嫌がられただろうかと思いながらも、私より幾分かひんやりとした体から手を離せずにいると、彼女が私の背に手を回してきた。
…彼女は果たして、こんなに積極的だっただろうか。
・・・
熱が冷めて、彼女を解放する。この間のように、顔を真っ赤に染めて動揺しているだろうかと彼女の顔を見て、驚いた。
顔は仄かに赤く染まっているが、浮かべている表情は、動揺ではない。形容し難い、蕩けた目でこちらをじっと見つめている。
潤んだ瞳がいつもの倍儚さを醸し出していて、胸が疼いた。
『すまない、嫌じゃなかったかい?レース後はどうしても昂ってしまってね』
A「…嫌じゃ、ないです」
拒まれなかったことに安心しつつ、彼女の変化について考える。
つい数週間前に抱きしめたときはこれでもかと初心な反応を見せたというのに。
この短期間で、彼女の中で何かが変わったのだろうか。
考え事に没頭して、つい早足になっていたようだ。
少し後ろを歩く彼女が歩みを早めたかと思うと、私の袖の中に手を入れて、指を絡ませてきた。
『…おやぁ』
またもや積極的な彼女に少し驚くが、それよりも喜びや好奇心が勝った。少し揶揄ってみようかと思っていると、彼女が口を開いた。
A「…私、先輩に触れられるの好きです」
『え』
彼女が発した言葉に驚いて、隣を見る。私と繋いだ手を見遣るように俯く彼女の長いまつ毛が、ふるふると震えていた。
A「…今日のレース、とっても勉強になりました。私、ライブが始まるまで一緒に居ても良いですか?レース運びのこととか、教えてもらいたいです」
『あ、ああ。勿論』
彼女の言葉の意味を問う前に、話を逸らされてしまった。もどかしさに、唇を噛む。
思えば、この頃彼女に振り回されてばかりだ。いや、それとも、私が自ら踊っていただけなのだろうか。
『…私は、君に対して勘違いをしても良いのかい?』
A「先輩、なにか言いましたか?」
『いいや、何も』
溢れた言葉は、彼女の耳には届かなかったようだ。聞こえなくて良かったのか、聞こえていた方が良かったのか、分からない。
早とちりしても仕様がないと自分に言い聞かせるように、繋いだ手に力を入れた。
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作者名:winter | 作成日時:2022年8月13日 2時