雪華 … Snow Crystal ５

RHAPSODY：１９ ページ33

｢そうなんですか…｣
｢ええ、いつも如月さんの右隣の席にいますよ、オレの真ん前で色んなコト話してくれます、まあ主に愚痴と想い出話ですけどね！…そういやミツの恋バナは聞いたコト無いなぁ、まあアイツは今でも《たった一人》が忘れられないんだろうな…｣

そう言って横尾さんは、丁寧にグラスを拭きながらニカを相手に話を始めた

この席に…北山さんが…

数席しかない空間…右側の席に座る小柄なあの人の姿を思い浮かべた

何となく、この横尾さんという人と北山さんが話してる状況が見えるような気がした
きっと学生時代もこの２人には強い信頼関係があったに違いない

《ねぇ聞いて横尾さん、藤ヶ谷がさぁ…》
《こらミツ、ちゃんとゴックンしてから話しなさい！》
《渉、マジ母親感パねぇｗ》

渉……ワタル……

｢…え、呼びました？｣

不意に横尾さんが振り返り僕の顔を覗き込んだ、何だか驚いた顔…なんで？や、なんか気まずいんだけど、…待て待て、ナニか言ったのか僕は？

｢…いや、別に何も…呼んでませんが…｣
｢専務、今《ワタル》って言いましたよ？ね、ワッター｣

二階堂の畳み掛けるような追い討ち発言に、余計焦ってしまう

｢…懐かしいな、その呼び方…太輔がオレをそう呼んでたんです、オレ高校の頃、学級委員してて世話焼き係だったしクラスの連中は殆ど《横尾ママ》とか《ワッター》て呼んでたんで、太輔だけがオレを《ワタル》呼びしてたんですよ、ﾌﾌ、同じ顔で言われるとなんか時間戻りますね｣

ニコニコしながら横尾さんは、僕にそう伝えてきた…

それに対して、僕はぎこちない表情しか返せない…最近、こういうコトが多いような気がする…自分のコトなのに、ソレは靄がかかったように薄ボンヤリとした記憶…

手術の後遺症で記憶障害が出ているのは自覚してるけど、ホントにそれだけなのか？

手を伸ばせば触れられそうな場所にある僕の過去…だけどその指はいつも宙を掴み、カタチあるものにならない…

大切なコトがあるような気がするのに…
何かを…誰かを……
伸ばした指先に何かを感じられそうな瞬間、ドアが開き聞きなれた声が聞こえた

｢こんばんワッター！｣
｢おじゃましマース｣
｢おっせぇよっ、テメェら！待ちくたびれたじゃん！｣

入ってきたのは千賀と宮田…
３人揃うと途端に店はガヤガヤのテイになる

横尾さんにはいつものコトなんだろう、苦笑いしながら僕に目配せしてくる


その瞳に、何かを疑うような気配を感じた

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