Memento ー ５

想い人 … ２２１ ページ29

「ゆっくりでいい、少しずつ飲むんだ」
「うん…」

スプーンで一匙ずつ運ばれるスープは、口に含むと優しい味がする

それでも半分もいかない内に、胃がギブアップを訴えた

「もう、いい…」
顔を背け口許に手を遣り大きく息を吐く、ゾワゾワとせり上がる感覚をグッと飲み下し、渡されたタオルで口元を覆った

「大丈夫か…」
肩で大きく息をしながら、背中を摩ってくれる大きな手を感じながら、その胸に額を付けた

あやす様にポンポンと肩や頭を撫でてくれる

「ありがとう、ドクタートモ、…余り食べられなくてゴメンなさい…」
「謝ることじゃない、少しずつでも食べれるようになれば体調も回復してくる、学校にも行けるようになるからな」

「はい…」
そっと胸から離され、ベッドに横たわらせてくれる、目が合うとフッと微笑み頷いてくれた

全部を許してくれる様なその笑みが、オレの緊張を解いてくれる、同じ笑みで自分を見つめてくれた人を思い出し、切なくなった

学校…もう行けなくなって何日が過ぎたんだろう、カレンダーを追うことも止めていた

窓の外に目を向けると、濃紺の空が目に入る、陽光の流れは今の自分には余り意味が無いように思えた

「一つ、いい知らせがある」
「なに？」
「律が病棟に復帰する」
「え、お父さん？ホントに？」
「ああ、外来はまだ難しいが病棟勤務を明後日からな」
「そうなんだ？じゃオレ家に帰れるの？」

お父さんが戻ってくるなら…と喜びが湧くがドクタートモは、クシャ…とオレの髪を撫でた

「律も奏もまだ無理は禁物だからな、律は病棟に寝泊まりだよ、だから奏ももうしばらくウチに居ることになる」
「そう…」

「この家の居心地は、悪いか？」
ドクタートモが、トレーを片付けようと立ち上がった
「あ、ううん、そんなんじゃ…」
「ｸｽ…何かあれば呼べばいいから、じゃお休み」

「おやすみなさい…」

ドアが締まり、部屋にはまた一人ぼっち…、この家では何もする事が無い、

ピアノ…弾きたいな…

結永がキレイな曲だと言ってくれたあの自作の即興曲、最後まで仕上げて聞かせてあげられたら良いのに…


結永…

ゴメンな、あんな風に言えば傷付けるコト分かってた…、オレのコトばかり気を向けるお前に、オレは何もしてやれないから、それがやりきれなくて八つ当たりしたんだ

そういえばもうすぐ球技大会…、オレは出られないけど、結永…頑張ってるんだろうな

バスケしてる結永…眩しいほどキラキラしてた…

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