Memento

想い人 … ３５ ページ36

「…検査結果はどうだった」
「…変わりない、悪くもないが、良くもない」
「そうか…」

手にしたカルテをオレに渡し、久遠律(くおん・りつ)は、ため息と共に椅子に腰掛けた


ファイルを受け取り、文字を追っていく

そこには、芳しくない結果だけが羅列していた
律がこの治療に一縷の望みを掛けていたコトを知っていたオレは、突きつけられた現実に同じく落胆した

ファイルを閉じ机に置く、それは持ち主に返すことすら躊躇われる思いだった

だが、この男が気休めの言葉など欲していないことは長年の付き合いで分かる、オレに出来るのは、律の力無い微笑みに頷いてみせるくらいだった

「奏を先に日本に返しておいて良かったよ…」
「律…」
「悔しいが、もうオレの症状に効く治療法は無い様だ…」

結果は見えてる…

言外にある現実が、律を病以上に苦しめていた
疲れたように額に手を当て、深いため息を漏らす律の肩にそっと手を添えた

「医学は日進月歩だ、医者のお前がそれを否定してどうする？、しっかりしろよ」
「…患者にならオレもそう言うよ、《大丈夫です、必ず光はある》って、根拠の無い自信を、笑顔で語るだろうな…」

フッ…と自嘲気味に微笑み、手で顔を覆う
苦しいほどのやるせなさが、律の仕草に現れていた

律は小児科医だ、大学の同期で産科医を志していたが、子供好きだった律は研修医で医局を回る時、ベッドでしか毎日を過ごせない幼い子供たちを見て、何とかしてこの子達を明るい外の世界に戻してあげたいと願い、小児科医になった

律が医師として働き始めたのは、小児専門の総合病院だった、互いに忙しい日々、会うことはあまり無かったが、産科医と小児科医は《子供》という共通ワードがある為、学会誌などで律のコトを知ることが多かった

そして10年前…
律がオレの勤務してる病院に、レジデントとしてやって来た

男の子を一人連れて…
それが《奏》だった

結婚して子供が生まれたコトは知っていたが、不慮の事故で二人とも亡くしたと聞いていたオレは、連れて来られた男の子が律とどういう関係なのか不審に思い尋ねた

「オレの息子だよ、戸籍上もそうなってる」
「戸籍上って…お前…」

問いただすオレに、律は真剣な眼差しを向けてきた

「この子はオレと出会うべくして生まれてきた、だがこの先必ずお前の力が必要になる子だ、力を貸してほしい」
「オレの力？」


「…山下、この子は《キメラ》だ、そして第2性が存在しない超希少種なんだ」

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