月下美人の君.8

柳緑花紅.5 ページ26

昌平君が長たらしい巻物を紐解いて読み上げる。それは先の魏国との戦いで結んだ和睦の内容を記した物だった。

昌平君 「和議の一文に廉頗自身がこう付け加えてある。………『秦国 六大将軍 王騎の娘・A。この者が出る戦において、いつ如何なる場合も廉頗とその配下の家臣は一切の手出しを禁止する。従わぬ者は斬首と処す』


…つまり、この娘が戦に参戦すれば
廉頗相手に戦わずして勝つことが出来る。

彼女一人の命で、
何千・何万という兵士達の命が救われるのだ。


…この任命に不服がある者は、申し述べよ」

最後に巻物をパチンッ…と叩きつけるように閉めて、珍しく声を張る昌平君。
軍総司令の彼に物申せるものは居なく…

そもそも、伝説の男・廉頗相手に
これまでの約束を取り付けるなど、

この娘にどれほどの価値があるかと…

皆、Aを見つめ、その内容に絶句した。


政 「…(不戦の契(ちぎ)りか……！)」


A「……っ…！」

自身のことなのに、その内容を始めて聞かされたAが一番驚いた。
確かに自分より先に死ぬことは許さない…と言っていたが…


A「…(廉頗将軍も孫に甘いおじいちゃんって感じ……。言ったら怒られそうだけど…)」

どこかの自分の祖父と比べて、内心で呟く。
驚いたし、こんな形で昇格するのは不名誉とも思ったが、純粋に廉頗が自分に対して、思いやってくれる気持ちが嬉しかった。


再びシン……と静まり返った王宮だったが、
次の瞬間、風船が爆発したような…男達が空気を震わせるほど歓声を上げた。その大きな響きにAは驚いて肩をビクつかせる。


武将達 「「 「うおおおおおっー！！
スゲェッーーーっ！！！」」」


文官達 「「…これは、国の一大事じゃッ！

あの廉頗に、戦わずして勝てるなど…！！

秦国の要(かなめ)！

秦国の守り神じゃぁっ！！！」」」


文官達 「それに加えてあの美しさ…

もはや女神…いや、女神様じゃッッ！！！」


昌文君 「廉頗相手に…これ程のことを約束させるなど。

A……そなたは本当に恐ろしい女だ」


蒙驁 「フォッフォッフォッ！！

戦わずして廉頗に勝てるなど、前代未聞じゃ！

この中華でもそれが出来るのは
…A、そなたくらいかのォ…」


どこもかしこも男達が興奮して騒ぎ立てている。
伝説の時代を唯一生き残っている男の力は、
今もなお現役のようだった。

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