夜殺し【古森元也】 (ページ1)

今日:2 hit、昨日:11 hit、合計:4,827 hit

1.夜ページ1

事の始まりは、単純だった。
特別何かが際立っていたり、なにか新しいことが起きたり、世紀の大発見がされたりなんて、そんなこと一つもない。本当に、日常を切り取った小さな欠片。それくらい些細なきっかけだった。私が彼と関係を持った理由は。

今でも鮮明に覚えている、些細なきっかけ、だけど事を変える大きな出来事ではあった。

ある日の国語の授業、先生は私たちに問いた。

「みなさんは、夜と聞くと何を思い浮かべますか？」

と。カリキュラムに組まれた学校の授業。先生は班で意見を出しあってください。そのあと発表してもらいます、と促した。考える気のない男2人と、何やら熱心に落書きをしている女の班員らはきっと、暗いとか星が見えるとか在り来りな事しか連想しないだろうな、と私は話し合いを放棄して1人で考え始めた。

夜、昔は忌み詞としてその使用を避けられていた。夜言葉、とも言ったそうだ。夜そのものが忌み詞だった訳では無い。ルーツがある言葉が対象とされていたが、その理由としてはとうの昔、夜間は忌み慎むべき時間とされていたかららしい。簡単に口に出してはいけないし、触れてもいけなかった。要するに、私たちは夜に対して全くの他人でいなければならなかったのだ。

あくまでそれは、昔の話。今は忌み慎まなきゃ、なんて人どこにもいないし、さすがの私もそんなことはしないし言わない。だけど現代人の連想するであろう「ネオンが映える」とか「エモい」とか、単純に「月」とか「星」とか、そんな夜は思い浮かべない。どちらかと言うと古の人たちと似通った考えを持っている。

何より、近寄り難い。不気味で、触れたら吸い込まれてしまいそうな、独特の空気を持っている。ちょっと強そう。なのに、星や月がないと輝けない。それ単体では成り立たない。真っ暗闇は、今を生きる現代人の「夜」のイメージと結びつかないから。夜≒星、夜≒月、それが普通だから。みんなの中でそれが普通になってしまっているんだ。もう、夜は独立して存在することは不可能だ。なんて惨めで、可哀想。

目の前の課題プリントにつらつらと、箇条書きで書いていく。いつの間にか決められたスペースまんぱんに書いてしまった私のプリントをみた班員の一員は、すげぇ、と一言漏らしたあと発表という荷の重い役割を押し付けた。