また一つ、大切なモノを失う ページ23
闇に紛れながら、いつもの酒場を目指す。
カランと軽快な音を立て、ドアを開ける。
そこには先客がいた。
太「やぁ、数日振りだね水無月。」
水無月「今日は一人なの?太宰。」
迷うことなく彼の隣に座る。
マスターがお馴染みのリンゴジュースを出してくれた。
太「今日は私だけだよ。
……いや、水無月。今日が最後だよ。
もう此処に来ても、安吾や織田作、私はいない。」
彼の顔は前髪に隠れて、見えなかった。
彼が今、どんな顔をしているのか、分からない。
太「もう…誰も、此処には来ないんだ。」
水無月「……そっか。」
私は彼に掛ける言葉が見つからず、素っ気ない返事しか出来なかった。
暗い雰囲気に似合わない軽快な音楽が店内を流れる。
太「…水無月、君は今回の抗争の真実を、知っていたんじゃないのかい?」
水無月「…………。」
太「頭と勘のいい君なら、全てが分からなくても、大体の予測は出来ていただろう。」
…彼はこう言いたいのだろう。
「何故真実を知っていながら、彼を助けなかったのか」、
「君なら織田作を救えた筈なのに」、と。
僕にも理由があった。
でもそれは、僕の個人的な理由だ。
説明してもきっと、太宰は納得しないだろう。
だから僕は何も言えない。
水無月「太宰、僕はね、此処にいる時間が好きだ。
個性溢れる友人たちと、好きなだけ語り合える此処が、心の底から大好きだ。」
太「っ、!」
カランッと氷の音が鳴る。
水無月「ねぇ……太宰。僕は君の友人になれたかい?」
太「……あぁ、君も、私の大切な友人だったよ。」
そう……もう、戻れないんだね。
ああ、胸が痛い。はち切れそうだ。こんなの、自業自得なのに。
大切なものを失う痛みは、これだけは何時迄経っても慣れない。
涙が出そうになるのを堪える。
泣く資格など、僕にはないのだから。
カタンと音を立てて、太宰が椅子から立ち上がる。
太「さよなら、水無月。」
彼は最後にそう言って、店を出て行った。
水無月「……バイバイ、太宰。
君の光の道に、幸多からんことを。」
また一人、僕は大切な友人を失った。
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作者名:神無月 | 作成日時:2018年7月8日 14時