【文スト】ポートマフィアの人魚姫～second～ (ページ32)

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泡が八十二ページ32

「A、準備できたか？」

ドア越しに中原の存在を認め、彼女は一つ叩敲を返した。
ガチャリと重苦しい音がして鍵が開かれる。

今日で此の部屋ともお別れなのだ。
中原に手を引かれて室外に出、部屋に比べると小さな入り口から自分の檻を見つめなおした。

一級品で揃えられた家具家電。
処々に見受けられる他と色が違う壁は、嘗て彼女が付けた傷を直したものだ。

「流石に名残惜しいか？」

中原が優しく声をかける。
彼女はふるりと首を振った。

「此処には何も無いわ。行きましょう、中也」

「そうか。ああ、其の前に」

中原は黒い布を取り出した。

「一応周囲の目がある。此れを被ってりゃ捕虜か何かに見えンだろ」

布を被らされた後、彼女の視界は真っ暗だった。
何故か四年前の記憶が蘇る。

酒屋に居た、嘗てはこの世に存在し(い)た彼女の友人。
彼に初めて会った時も布を被って外に出たのだ。視界は遮られていなかったが。

そう云えば、彼が綺麗だと云ってくれた髪を切って仕舞ったのだな、と思った。

そうだ、此処を出れば彼に会いにいけるのだ。
太宰とした、小さな約束。

「よし、行くぞ」

三十分後、彼女たちは容易く建物を抜けていた。
別に特別なセンサーもないのだ。
若し誰かに怪しまれても、捕虜を現場に連れて行って確認したい事があったのだと中原が云えば、大抵の物は強く何も云えない。

それから暫く、Aは眠っていた。
建物を出てから二人は成るべく人気の無い路地を通っていたが、A遠くからの人のざわめきや熱気や臭いに酔ってしまった。
其れに気づいた中原が彼女を抱えてくれたのだ。

「ごめん、中也」

「気にすんな。少し寝てろ」

次に目を覚ました時、其処は森の中だった。
茂みに丁寧に寝かされていた為、特に何も違和感を感じる事はなかった。
葉の僅かな隙間から月光が差し込んで、辺りは丁度いいくらいの明るさだった。

立ち上がって中原を探す心算だったが、

《俺と太宰が来る迄動くな》

千切られたであろう紙切れを見つけ、大人しく座りなおした。

と、其れ程遠くない処から激しい衝突音や爆発音が聞こえる。
山崩れでも起きたかのような音だ。

何があったのか確かめたいが、言い付けを守らなければならない。

胸中は穏やかでなかったが、迎えが来るのを気長に待つ事となった。